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4.マフラー・熱帯魚・ジャンボプリン
「お客様はお目が高い」
店の一番奥、ダンボールが積み上がっている通路にぽつりと置かれている水槽の前に立った私に、店長が声をかけてきた。
単に出入り口を間違えてこの通路に入っただけだったけれど、確かに、私はその水槽の中の生物が気になっていた。
それは5センチ程度の稚魚で、イボダイの子どものような丸みを帯びた平凡な形をしており、色は銀。お腹の部分がほんのり赤いけれど、取り立てて目立つ魚ではない。だけど――
「この水槽、水、入ってませんよね?」
「はい、その通り。これはエアフィッシュです。ほら、エアプランツという植物があるでしょう? 水を与えなくても、空気中の水分を吸収して育つという」
私は渋い顔をした。植物を育てるのが好きで、部屋は観葉植物だらけではあるけれど、エアプランツは置いていない。あれを見ると、別れた彼を思いだしてしまうから……。
「このエアフィッシュは、ピラニア・ナッテリーにエアプランツの遺伝子を組み込んで生まれた新種でして――」
「ピラニア!」
私は遺伝子操作という言葉よりもそっちに反応した。ピラニアといえば、アマゾンに棲むどう猛な魚――。
「実際は臆病な魚なんですよ。人気の熱帯魚です。しかも、植物の遺伝子の影響で、肉食だったのが空中の水分だけで生きられるようになりまして」
「嘘でしょう? とても信じられません」
「嘘ではありませんよ。適度の光と湿気さえあれば、この魚は生きていけるのです」
店長は自信たっぷりにそう言って、目を輝かせた。
私は作り笑いをして「ごめんなさい」とばかりに会釈した。興味深いけれど、ピラニアを飼う気にはならない。
「本当に手間はかかりませんよ。お値段も税込みで1匹1000円、しかも丈夫で長生きします。馴れてきたらかわいいものですよ」
「馴れる?」
魚が人に馴れるなんて聞いたことがない。
「ええ、馴れれば、手乗り魚になります。ほうら、想像してごらんなさい。お部屋の中を自由に泳ぎ回る魚ですよ。まるで自分が水槽の中にいるような不思議な感覚を得られるんです。これぞ究極のリラクゼーションではありませんか」
私は自分の部屋でこの魚が泳ぐところを想像した。観葉植物の合間をゆうゆうと泳ぎ、私の行くところをずっとついてくる。都会の一人暮らしは正直いって寂しい。犬や猫を飼えればいいのだけれど、いまのアパートではそれは無理。でも、魚なら――
店の一番奥、ダンボールが積み上がっている通路にぽつりと置かれている水槽の前に立った私に、店長が声をかけてきた。
単に出入り口を間違えてこの通路に入っただけだったけれど、確かに、私はその水槽の中の生物が気になっていた。
それは5センチ程度の稚魚で、イボダイの子どものような丸みを帯びた平凡な形をしており、色は銀。お腹の部分がほんのり赤いけれど、取り立てて目立つ魚ではない。だけど――
「この水槽、水、入ってませんよね?」
「はい、その通り。これはエアフィッシュです。ほら、エアプランツという植物があるでしょう? 水を与えなくても、空気中の水分を吸収して育つという」
私は渋い顔をした。植物を育てるのが好きで、部屋は観葉植物だらけではあるけれど、エアプランツは置いていない。あれを見ると、別れた彼を思いだしてしまうから……。
「このエアフィッシュは、ピラニア・ナッテリーにエアプランツの遺伝子を組み込んで生まれた新種でして――」
「ピラニア!」
私は遺伝子操作という言葉よりもそっちに反応した。ピラニアといえば、アマゾンに棲むどう猛な魚――。
「実際は臆病な魚なんですよ。人気の熱帯魚です。しかも、植物の遺伝子の影響で、肉食だったのが空中の水分だけで生きられるようになりまして」
「嘘でしょう? とても信じられません」
「嘘ではありませんよ。適度の光と湿気さえあれば、この魚は生きていけるのです」
店長は自信たっぷりにそう言って、目を輝かせた。
私は作り笑いをして「ごめんなさい」とばかりに会釈した。興味深いけれど、ピラニアを飼う気にはならない。
「本当に手間はかかりませんよ。お値段も税込みで1匹1000円、しかも丈夫で長生きします。馴れてきたらかわいいものですよ」
「馴れる?」
魚が人に馴れるなんて聞いたことがない。
「ええ、馴れれば、手乗り魚になります。ほうら、想像してごらんなさい。お部屋の中を自由に泳ぎ回る魚ですよ。まるで自分が水槽の中にいるような不思議な感覚を得られるんです。これぞ究極のリラクゼーションではありませんか」
私は自分の部屋でこの魚が泳ぐところを想像した。観葉植物の合間をゆうゆうと泳ぎ、私の行くところをずっとついてくる。都会の一人暮らしは正直いって寂しい。犬や猫を飼えればいいのだけれど、いまのアパートではそれは無理。でも、魚なら――
更新日:2009-01-05 10:37:30