もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6の感想

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感想

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-02-25 11:17:10

ダーママさま
我が国はいわゆる連休であったようですね。寒い朝に出勤しないで良い場合にはありがたいことと感謝したものですが、Free style でいますと勤務に就くかたがたは大変であろうと毎朝我生活条件のありがたみを感じいっております。ダーママさま、お休みにたどりつくまでの激戦の日々お疲れさまでした!
NAVALNY 氏獄死の件、日本時間2月16日夜は眠れませんでした。オル窓原作アレクのページを片手にニュースの流れを見守りつつ(毎度毎度怒り心頭に発するふたりしずか)、ついにかの国によるウクライナ侵攻3年目に突入、しかも世界は「こんなことってあるかよ」ばかりの現状。
ああ、本当に現代のアレク=NAVALNY、勇気を体現してみせてくれたことを忘れません。今の世にこれぞ有言実行というものと教えてくれていました。それだけにこの理不尽が現存する国際社会、許すまじ。
昨年末にシベリア北極圏の監獄へ移送された時には、ワタクシ、原作アレクシベリア流刑のページとともにありました。
『ユ…リウス……ついに生涯をシベリアの雪に隔てられるのか……
これは神の偉大なる試練だ
祖国を解き放つものに与えられた誇らしき試練なのだ……』
と、運命の鎖を誇らしき試練として、火花から焔を燃え上がらせ、やがてはその鎖を絶つだろうというオドエフスキーの思いと重ねるアレク。さらに重なるのはシベリアの雪の絵。
しかしながら、このたび現代のアレクの死亡を聞いてからは、原作6年後アレクシベリア脱獄のページを開いては現実の悲惨さに涙します。
『祖国よ……!!
6年の歳月を閉ざされた牢獄の窓から想いこがれた大地よ
凍土はかたくなに神の祝福を拒むとも
かぐわしき樺の木はやがて やわらかに芽ぶき
このシベリアに忘れずに春はおとずれるものを……!』
現代のアレクは大地も自由も受け取ることができなかった…
春を待つシベリアの大地の絵、いったい、かの国に本当の春が来ることはあるのか、と、ふたりしずかはまたもダーママさまと一緒に慨嘆いたします。ワタクシたちは NAVALNY アレクを忘れない!!!

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-02-18 23:40:38

ふたりしずか様
このところ、昭和の時代から我が日本国をグローバルな水準へと引き上げてくださった方々が次々と他界され、合掌の日々であります。女性が力を活かす道を広げられた赤松さんも、縦横無尽に音楽を紡がれたマエストロ小澤も、もちろん御年を考えれば大往生、遺してくださった豊かなレガシーに心から感謝しながら、静かに過ごしておりました。

しかしながら、この週末に入ってきたニュースはあまりにも衝撃的。
アレクセイ・ナヴァルニー氏がシベリアの極北で突如として獄死。
前日、裁判官相手に軽口をたたいていた元気な姿を思うと、あまりのむごさに言葉もありません。
我々が生きるこの時代の国際政治の冷厳な現実を改めて感じます。
この荒々しく激動する国際社会のなかで、鋭利な牙をもつ国々に囲まれ、我が国、我が民族は、命をつなぎ、大切なものを引き継ぎ、生き抜いていかなければならぬのか。

シベリア、獄死、そして、アレクセイという名前。
我らが愛するヒーローを思わせるかのひとの冥福を祈らずにはいられません。
それにしても、あの物語の時代から100年以上経っても、かの国の本質は変わらないのか。深く慨嘆します。

マエストロ小澤が機会があるとよく指揮をしていたチャイコフスキーの弦楽セレナーデ。恩師の齋藤秀雄先生が、(当時、管楽器が少なかったこともあって)好んでいらしたからとの由。
ひとからひとへ、想いをつなぐことの大切さを感じながら、その響きに耳を傾けたいと思います。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-02-12 15:43:30

ダーママさまへ

信じられない程のお忙しさのことと思われます。加えて世界の、我が国の、出来事諸々、衝撃はつきませぬ。合掌、も。
けれども、いかなる事態においても、地に足つけて、ぶれない目、耳、心、直感、信じるところを行くダーママさまの血脈は他者に安定感を与えてくださいます。それはダー様へと受け継がれ、その先は……ん?

今年の南天の実はたわわ、とおっしゃっていたのは今年?それとも昨年のお正月?時の駆ける速度がすごすぎて時空をとまどうふたりしずかでございます。と申しますのも、このお正月、南天の赤がお庭のあちこちで心地よく目に飛び込んでくるもので、健康的なほどよい赤、近くへ歩み寄って観察しましてもやはりいい感じのたわわ。これからは梅が最高潮へと昇りつめていくと思われますが、重力波薔薇園もなんとか細々の脈々であります(←きっと通じる)。
そうそう、倫敦で同僚(日本人ではない)から "Nikkei" って株の新聞と教えられて以来そういうものだとずっと信じていたふたりしずかであります。あの新聞が基本的に普通の新聞であった(普通に近い?)と知ったのはごく近年。苦手の政治経済は変わらず、でありまする。
それでは、また、ごきげんよう。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-02-04 00:17:14

ふたりしずか様
やっと週末に突入、ひと息つきました。
我らの師匠が描いた輝かしき総合美~、本当にそうですね。ベートーヴェンの「皇帝」でつながるイザーク、アレク、そしてユリちゃん。忘れられない場面であります。
ウィーンの楽友協会のグローサーザール(と思われるホール)で、ピアノを弾くイザークの晴れ姿と、シベリアから脱獄してきたアレクセイ、そして記憶を失ったユリちゃん。それぞれ三人三様の人生。でも、音楽とあの街で過ごした美しい日々の思い出でつながる三人。実に味わい深い名場面でありました。

そうそう、先週日曜日の日経新聞の美術欄に、少年ダーヴィトとアレクセイがヴェネツィアで一緒に見た(と想像しております)ティツィアーノの聖母被昇天の絵が大きく紹介されておりました。あの絵に、アレクは、トボリスクで亡くなったママンを思い出すのであります(「ショパン バラード1番」の「第4章 トボリスクのバラード」28ページ)。

「高い天井の教会の壁に描かれた絵の上には、高窓があり、外から光が射している。光のなかをマリアが天に昇っていく。美しい絵と教会に入る光が一体となって神々しい空間をつくっていた。」

冬のヴェネツィアでこの絵を見たのは、もう何十年も前ですが、高窓から射す光と融けあうような聖母被昇天の美しい絵に、とても強い印象を受けました(ちなみに、アカデミア美術館の館長さんも、記事で同じような趣旨を語っておられました)。
で、うちのダーヴィトにも、アレクと共有する同じ思い出を語ってもらった次第(ダーヴィト回顧録第33話「冬のヴェネツィア」378ページ)。そうそう、冬のヴェネツィア、今がシーズンですわね。

心に残る絵があることは、心を豊かにしてくれる幸せなことと改めて思います。
日経新聞は日本一のオジサン新聞と思っていましたが、最近は、潤いが出てきました。
日本のムッシュウたちも素敵な方が増えてきた?嬉しいかぎりですわね。
「いや、昔から素敵なんだ。何を言っておる。」(←ダーパパ言)。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-25 23:06:37

修正です
ユリちゃんがイザークの皇帝を聴いて弾き始めたのはユス邸(レオ様御殿)でした。ごめんなさいです。睡眠をとりまする…とってもダメかも…

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-25 22:10:02

ダーママさま
お寒うございます、ぶるぶる~ お仕事はますます複雑化過酷化を極めるばかりでお疲れのことと拝察いたします。 呼吸器、消化器ともに困ったウイルスに付け込まれぬようどうぞ最低限の休息を確保されてくださいませね。睡眠時間は大切ですわよ。
はいはい、Beethoven Piano Sonata No.15 の場面、正真正銘の難問でございますね。いろいろあるけどどれも天才級の羽衣をもつBeethoven、全ての羽衣をはぎとって残った彼の《核》のようなものを感じるのでしょうか。ではどこで《実はこれが彼の核》が見え隠れしているというのでしょうか、となると、「ここよ、ここ!」と垣間見たような気がしても、結局 No.15 は第1楽章も含め全部がそれに思えてきてしまうのですわ、ワタクシ。うぅ~む、わからぬ…ですわ。
ただ、確かにあの数ページは、日本漫画文化といいますか我ら Ryk師匠ならではの日本漫画芸術最高峰というべき秀逸なコマ運び、コマ割り、絵もネームも、総合美をたたえておりますね。アレクが脱獄した直後にラジオから流れてきたイザークの皇帝、同時展開で記憶のおぼつかないユリちゃんがミハ侯爵邸で弾き始める~あの場面も歴史に残る師匠の筆、と感動百万回目くらい…ワタクシたち何歳になっても取り組んでしかるべき最高傑作だと思いまする。
ダーママさまとマラベルとのご縁のみならず、マラベルとドミジュニのめぐり逢い!?いいですわねーーー今でも並外れた美しさを時を越えワタクシたちに伝えてくれる都 Vienna、おっしゃる通り、マラベルは吸い寄せられるように Vienna Phil 海外公演に足を運ぶことでしょう。
ところで作曲の接点で Reinhard の才を共有できそうなクララ。彼女の年齢はちょうどマラベルとイザークの中間くらいでしょうか。世界を旅していることからも、Vienna ザイデルホーファー家ということからも、ダーママさまはじめ、他の皆と知り合うことはあり得ますかしらね。
寒い夜は(昼も)妄想網が拡大いたしまする。あと少しで週末。あと少しで睦月末。おお… お互いに健やかにまいりましょう。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-22 00:47:12

ふたりしずか様

そうそう、ベートーヴェンのピアノソナタ第15番は、イザークがヴィルヘルム・バックハウスのピアノを聴いて、「ぼくと同じベートーヴェンを弾く人!!」と、感激したあの曲であります。ウィーン郊外のホテルでの邂逅、名場面であります。
で、どの楽章のどの辺りで、「ヘルマン・ヴィルクリヒ先生と同じ解釈のベートーヴェン!!」、「生のままのむき出しのベートーヴェン!!」と思ったのかしらん、と今も探究中です。これは難問ですわよ。

マラベルの境遇をめぐる想像は、最近、ドミジュニ妄想と合体しつつありまする。
ドミートリィ亡き後ドイツで生まれたドミジュニ君と、ラインハルト亡き後アメリカで生まれたマラベル。父親の非業の死の後、異国で生まれた二人、なんという共通点!
で、ダーママとしては、この二人のめぐり逢いを語らずにはいられませぬ!(笑)
ウィーンフィルが海外公演、シカゴにやって来る、なんていうのはいかがでしょう。
お母さまがウィーンの貴族だったマラベル、ウィーンフィルの響きを一度聴いてみたいと、幼い息子クリストファーとともに、ホールにやって来ます。そして、…。なんてね。
楽しい妄想は尽きませぬ。
1月も半ばを過ぎ、厳しい寒さが続くようです。どうぞ御自愛ください。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-14 14:46:26

ダーママさまのお弾き初め、Chopin Mazurka No. 25!!! お指慣らしとおっしゃいますも、あの作品を味わい深く弾き歌い上げられるのは、ダーママさまの真骨頂だとふたりしずかは感銘をうけました。さすが Ballade No.4 のダーママさまであります。両者ともに、『これぞ自分にとってめぐり逢うべき楽曲』、という部分を感じながら演奏されるに違いありません。素敵です!続いての Beethoven Sonata No.15 1st movement も、本年を少しでも良質な《和》のこころへと導いていただけそうで、本日ワタクシもありがたく弾かせていただきました。舞うことに終わり、舞うことに始まった辰年。どうぞダーママさまにおかれましては、ここからの1年、大切に、さらに美しく舞ってくださいますよう、お祈り申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ふたりしずか 

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-14 00:23:28

ふたりしずか様

クレアの縦縞のブラウス!さすがよく見ていらっしゃる。なかなか素敵ですわよね。
横縞パジャマのクリストファーは、考えてみれば、ラインハルトのお孫さん!
このあたりの場面をよく見ると、涼し気なお目元がどこかラインハルトに似ているような気がいたします。ピアノの才能もお顔立ちも、おじいちゃま譲り。麗しうございます。
そういえば、縞模様が好きなところも、グランパ・ラインハルトが第2部で最初に登場した時のお召し物を彷彿とさせます~。

そういえば、この外伝の物語に登場するフォン・エンマーリッヒ氏は、ラインハルトの実のお父さまでありますが、外見はどう見ても魔法使いサリーちゃんのパパ。どのようにDNAがもつれると、ラインハルトが誕生するのかしらん(笑)。第2部最大の謎。ラインハルトの母君は、きっと音楽の才にたけた、とても美しい女性という妄想(というより推論ですわね)に至っておりまする。

それにしても、第2部連載後すぐに描かれたこの外伝「コラージュ」の絵の美しいこと、まったく同感であります。マラベルという名前は、ラテン語で「海の星」という意味なのだそうですね。「希望」を含意するこの名前。ラインハルトの遺した子にふさわしい名前だと思いました。
あまりにも悲しく衝撃的なラインハルトの最期。でも、遺された希望。美しい海の星のように。音楽とともに。
さすが我らの師匠であります。

ふたりしずか様のお弾き納めのショパンの11番のノクターン、晩秋の大人の香り。いいですなあ。
わたくしは、年末に、まずはショパンのワルツ集6番の「子犬のワルツ」、で、お次は7番のワルツを弾き始めたら、玄関でピンポ~ン!宅急便であります。受け取ったところで、電話がかかってきて、さらに、家族の用事が発生して…と、気づくと、ピアノを弾く時間ではなく…。この場合、お弾き納めは、「子犬のワルツ」になるのでせうか。なんだか慌ただしかった年のお弾き納めにふさわしい、クルクルと忙しいワルツで終わった1年でありました。
お弾き初めは、ショパンのマズルカ25番で指慣らしをした後、ベートーヴェンのソナタ第15番「田園」の第1楽章にいたしました。気持ちが大きく豊かになる、落ち着いたいい曲です。
辰年、昇り龍のいい年になりますように。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-10 16:59:20

ダーママさま
年かさ女の一生についての共感、どうもありがとうございます!
将来の希望にあふれた若く美しい同志の方々に対しましては、(年齢的に)いつもかけはなれた異次元のお便りになっていることがワタクシ心配でありました(100 x 100 ですし…)。しかし、ダーママさまのお言葉、
~大切なひとに出会ったのならば、そのひとの手を決して離してはならない~
未来ある若き女の一生への訓示として、生きておりますわね。ほっ。

緊急重大呼び出し待機から初めて自由となった年末年始でありました。お弾き納めは最終曲として、Chopin Nocturne No.11 でありました(どたばたの記憶巻き戻しより)。お弾き初めはやはり、Chopin Ballad No.1 でございました。同時に DMAT 待機そして解除へと追われる同期まぶだちを見ますと、ワタクシは 〝ex” 戦乙女ですから、外で戦う日々から基盤を内海へと変えたことによる《守られている環境》感は半端ではありません。ありがたいことと存じます。この感謝の念は体験してみないとわからないことなのかもしれませんね。ダーママさま、本年もお疲れ様でございます。ご自愛くださいませ。
「コラージュ」、ワタクシも読み返してみました。そうでした!ダーママさまは Reinhard の実のお母上と幼なじみ!マラベルとの大西洋を越えた邂逅いかに!? そこにはどんな音楽が流れるのでせうか!?
それにつけても、美しい絵でございまする。お洋服のデザインも本当に素敵~Ryk 師匠。ふたりしずかはクリストファーのヨコシマ模様パジャマに目が釘付けであります。よく見るとたずねてきたクレアのジャケットを脱いだブラウスはタテシマ模様。いやはや、なにはともあれ、ドミジュニ君はダーママさまともうひとつの伯林が生んだ至宝でございまする。わが Reinhard の血を受け継ぐマラベルの中に彼からのDNA が目覚めるときはいつ?いかにして? 外伝原作ではその部分についての詳細がないだけにむしろ妄想は龍のごとく天翔けまする~

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-08 23:26:11

新年早々、大災害に大事故、本当に大変な年明けとなりました。
雪が深々と降り積もった被災地の映像を見るたびに心が痛みます。
被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。

ふたりしずか様
ありがとうございます!

師匠の「秋の華」、なんとぴったり。
本棚の奥から引っ張り出して、思わず読み返してしまいました。
女が6歳年上であることを気に病んで別れてしまった男と女。
数年を経て悔やむ二人。しかし、元には戻らない。
そして、男が感慨をもってつぶやくこの言葉。
「歳月は…… 
ともにわけあえば 老いのすきまなど うめてゆけるんだ」

マリバラ姉さまとダーヴィトの物語で、ふたりしずか様がRyk師匠のこの言葉を想起されたこと、誠に素晴らしい。恐れ入りました。
まさに、マリバラ姉さまとダーヴィトの紡いでいった日々。おそらく二人の十年の年の差は、歳月をともにするなかでうめられていく。そう思います。

「秋の華」の二人は、「あなたにもおれにも、あのときそれがわからなかった…!」のですが、ダーヴィトは、たぶんそれがわかっていた。
大切なひとに出会ったのならば、そのひとの手を決して離してはならないこと、それに比べれば年の差など大したことではないことを知っていたから。少年の頃、愛する少女をピアノとともに永遠に失ったダーヴィト。彼は、身をもって知っていたと思っています。

さて、「秋の華」が収められている師匠の短編集には、我らが愛するオル窓の外伝「コラージュ」も収載されているのであります。思わず久しぶりに読みふけってしまいました。あのラインハルトが遺した娘の物語。ピアノの天才「少女」ラインハルトから才能を受け継いだ娘マラベルが、凛々しく成長したヴォルフィ君と恋に落ちるというお話。
ラインハルトの亡くなった実のお母さまと幼なじみだった(と勝手に妄想しております)ダーママとしては、ラインハルトのお嬢さんにぜひお会いしたかったと思っておりますの。あ、大西洋を越えた新たな物語の発生かも(笑)。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-01 15:50:27

ダーママさま
無我夢中を抜けると、新年であった、ごぉ~ん。ワタクシも同様に日付変更線を越えましてございます。2023年を後にし、前へと踏み出しております。大小の歴史の歯車、人生の歯車、もっともっと未曾有の出来事づくしの2024年であろうという予感だけはあるものの、心の準備をするのは結局不可能と諦めて、謙虚にひたすら生きる、これが覚悟でありまする。ひたすら生きる、それはまさしく我らがマルバラお姉さま。ダー様回顧録第31話bis もう一度拝読させていただき、じーんときました。大晦日のおミサでかたわらのダー様に「このひとの幸せそうな表情がわたくしを幸せにする。」と思い、そのあとに、「わたくしは、このひととともに生きる。」で〆。よかったですね。お互いにそう思い合って、生きる。ある程度の長きにわたる女の一生を歩む以上、そのページにいたるまでの Chopin Waltz No.9 の呪縛と、「ばらの騎士」の覚悟~2018年のお正月に書かれたのですね…光陰矢の如し~の重みを忘れてはなりませぬな。素晴らしい女性ですね。そして、素晴らしい〝ふたり” へと。さらにその先には、
「歳月は…… 
ともにわけあえば 老いのすきまなど うめてゆけるんだ」
Ryk 師匠からのメッセージを想起させます(秋の華)。
現実は女の一生にとって理想と違うことだらけ(ばかり)ですが、ひたすら生きること、生きていられることに感謝すること、それしかありませんわね。諦めのワルツ、交響曲「諦念」とか年末年始はそんな気分のふたりしずかで、お弾き納め(思い出せず、ゆっくりと記憶を手繰り寄せてみます)・お弾き初め(まだ指をおろしていないので、これから、であります)を追ってまとめてみたいと考えております。ダーママさまはいかがされましたでしょうか?
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-01 00:54:17

ふたりしずか様
あけましておめでとうございます!

クリスマスから御用納め、お正月のお仕度と無我夢中で駆け抜けて、気がつけば除夜の鐘。
新しい年になりました。令和6年、2024年の幕開けです。

大みそかは雨模様という天気予報は良い意味で外れ、穏やかなよい新年。
コロナの5類移行後初めての年末年始ということもあって、外出すると人出も多く、活気があり、久しぶりにお正月らしい雰囲気を感じました。

大みそかといえば、マリア・バルバラお姉さまの物語(ダーヴィト回顧録第31話bis)。
レーゲンスブルクの大聖堂の大みそかのミサ。
かたわらに座るダーヴィト。
「このひとの幸せそうな表情がわたくしを幸せにする。」
そう思うマリア・バルバラ。わたくし、とても好きです。

原作でも、ユリちゃんを愛し、大切にしていたマリア・バルバラ。
愛は尽きせぬ泉。
愛するひと、大切なひとの存在とともに、その愛がさらに広がっていく。
無辺広大に。多くのひとに。
マリア・バルバラがクリスマスに親のいない音楽学校の生徒たちを招いていた(と妄想しております)ことも、そうした表れだったと想像しています(「もうひとりのジークフリート」280ページ)。

こうやって穏やかにお正月を迎えることができることに、心から感謝したいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2023-12-25 16:04:03

ダーママさま

おお、プーレ・ファルシの詰め物と鶏がかもし出す総合的なお味と匂いと存在感、どうしてこんなにワタクシ達のおいしさへの欲に大満足大正解を放ってくれるお料理があるのでしょうか!? 本当においしいですよね。うらやまし~ クリスマスのプーレ・ファルシはいつもワタクシお料理して(詰めて)いただく側なのです。ダーママさま家では昨晩さぞかし舌鼓の鳴り響いたことでございましょう。かっぽん、かっぽん、かっぽんぽん。
本日は25日、Christmas Day ですが、我が国は目もくらむお仕事の月曜日。欧州とのお仕事やり取り時における、あちらでの今の特別感との差異にはもう慣れっこになりましたわね。一方年が明けてからはこちらでのお正月特別感に比べてあちらのあっけらかん感、なんとも地球はまるくていろいろ、大人になると連携仕事の進み具合(ストップ具合)を計算にいれる知恵も習得いたしましたわね。
おいしい妄想(こちらは)の栄養を堪能させていただきました。ごちそうさま。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2023-12-24 18:20:06

ふたりしずか様

ちょうど今、我が家のクリスマス恒例のプーレ・ファルシ(詰め物入りのロースト・チキン)をオーブンに入れたところ。
焼き上がりまで1時間半、わたくしの至福の時間です。

こうした時間にぴったりなのが、アレクやダーヴィトのクリスマスの物語。
アレクのクリスマス・シーズン、伯林の本屋さんでユリちゃんと一緒に過ごす時間(「タンネンバウム」)。
先日、在京ドイツ大使館から届いたクリスマスカードは、雪のブランデンブルク門のきれいな写真。まさに、アレクとユリちゃんの幸せな冬の伯林生活を想起させるものでありました。

そして、アルプスの村で地元の子どもたちの歌声とともに過ごすダーヴィトのクリスマスの物語、読み返しながらほっとひと息。
クナーベンコア(聖歌隊)の「アデステ・フィデレス」の澄んだ歌声を聴くと、このところの慌ただしさと寒さでたまった疲れが吹っ飛びます。

「子どもたちの澄んだ歌声が疲れきって乾いた人々の心に沁みわたるように。
子どもたちの真剣なまなざしに未来への希望を紡いでもらえるように。」

おっしゃるとおり、エネルギーがどちらに向かっているのか、心配なことの多い年の瀬。
世界中が荒れ、政治回りも激動の予兆の昨今。
今年は、引用したドームシュパッツェンの歌声が格別に心に沁みました。

こうして生きて、美しい音楽を聴くことができることに、改めて感謝しながら、クリスマス・イヴを過ごしたいと思います。

鶏の焼ける香ばしい匂いがしてきました(笑)。
よいクリスマスを!

もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6