もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6の感想

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感想

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-03-24 23:48:40

ふたりしずか様

お彼岸が過ぎたというのに、東京は冷え冷えとした空気、今日は氷雨も降って、せっかく開いたレンギョウの黄色い花も、あら、ちょっと早すぎたかしらんと、またちぢこまっているかのよう。DCのポトマックの桜は満開というのに、東京はまだまだ。寒い早春になりました。

先週末は、オペラ「トリスタンとイゾルデ」を観に行きました。何度見ても奥深いオペラ、これまたモワティエの物語であります。今回は、マルケ王やクルヴェナール(トリスタンの部下)、ブランゲーネ(イゾルデの侍女)はバイロイトでも歌っていた歌手で、脇が堅い配役、なかなか楽しめました。
例の愛の媚薬を飲む前から、実は恋に落ちていた二人と思わせる解釈と演出。トーマス・マンは、あれは水でもよかったと言っていたそうですが、それを前提に台本を読み返すと、真実の想いを隠そうとしたり探りあったりする二人の道ならぬ恋の道が別の姿であらわになり、これはこれで面白い。
レーゲンスブルク時代のユリちゃんとアレクもそうでした。想いあっているのに告げることができないもどかしさ、苦しさ。そのアレクの苦しさをそばで見ていたダーヴィト。ダーママはたくさんばらしちゃいましたわね、おほほ(笑)。

麻布台ヒルズの集英社マンガアートヘリテージ、素敵なこと!
白樺の木立をかけぬける馬上のアレクに、ユリちゃん。
ぜひ行きたいですわね。まだやっているのかしら。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-03-17 21:20:11

ダーママさま

モワティエに関する考察どうもありがとうございます!
片割れに会えたヒト、探し求めても会えずに一生を終えるヒト。
出会えて特別なヒトであることをお互いに確信しても、幸せに添い遂げられるかどうかはまた別、といわんばかりの悲恋物語の多いこと多いこと。ううう…確かに片割れを見つけられただけでも至上のよろこびには違いないのですけれどもね。願わくば、魅かれ合う引力そのもののごとく、ふたりが死ぬまでいっしょにいられますように。

ところでダーママさま、麻布台ヒルズガーデンプラザA の集英社マンガアートヘリテージ トーキョウラウンジ に行かれましたか?我らが Ryk 師匠の展示(ベルばら・オル窓)が 2/17~とのことでワタクシ先月下旬に足を運ぶ予定であったのですけれど、都合がつかなくなって断念したままなのであります。

本日はお彼岸の入り、いにしえからの儀式をどっぷり意識することになっているふたりしずかです。同時にますます緊張が走る世界情勢に目が離せず、アンテナはフル回転。深呼吸して春の訪れを愛でるこころを呼び覚まそうと自分に語りかけた1日でありました。
明日からまた1週間、ダーママさまにたくさんの『いとおかし』がありますように。ごきげんよう。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-03-11 23:53:26

ふたりしずか様
はい、マーガレット・コミックス第8巻、よく覚えております。オスカルさまが手を斜め前に組み、半身がもがれていくような、あの苦しみのお姿、何度読んでも悲痛でありました。
文字通り「モワティエ」(moitié、かたわれ)だったアンドレとオスカル、結ばれたその翌日になんということ…!

そうそう、モワティエと言えば、哲学者ダーヴィト君は、プラトンの「饗宴」の一節とともに、少年クラウスが自分のモワティエを心のどこかで求めていたことを懐かしく思い出すのでありました(ダーヴィト回顧録301ページ)。
« Chacun cherche sa moitié. »
「ひとは誰でも自分の片割れを探し求める。」(プラトン「饗宴」より)
そして、ユリちゃんに出会うべくして出会ったアレク。
もうメロメロなのは当たり前ですわねえ、おほほ。わたくし、もう嬉しくって嬉しくって(笑)。

そうそう、第3部の初めの方で、娘たちにもてて困っていると言っていたアレク、まったくどうして困るのかしらねえ、やっぱりユリちゃん一筋だからかしらね。

それで思い出すのが、突然ですが、昔の映画「カサブランカ」。
リック(ハンフリー・ボガード)は、ルノー(フランス人の警察署長)に、昔の恋人イルザ(イングリッド・バーグマン)とのことについて問われます。
“She is very beautiful, yes, … but you were never interested in any woman.”
(確かに彼女はきれいだ。でも、おまえは女には全然興味がなかったんじゃないのか。)
すると、リックは答えます。
“She isn’t just any woman.”
(彼女はそんじょそこらの女とは違う。特別なんだ。)
その時のリックの表情と口調がなかなかいいんですよね。

アレクも、やっぱりユリちゃんは特別。
娘たちにもてていても、ユリちゃんは“She isn’t just any woman.”
アレクの暑苦しいまでのユリちゃんラブ、やめられませんわねえ。ばらし続けますわよっ(笑)。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-03-11 01:15:14

ダーママさま

「ユ…リウス……」のテンテン! そうなのですよね。ですからダーママさまの作品の中では、実はアレクラウスはユリちゃんを情熱的にそして真剣に愛していたことをばらして(?)ワタクシたちをほ~っとさせてくださるエピソード(証拠だ!根拠だ!)をあちこちに盛り込んでくださっているのですわね。

現代のユリア夫人の言葉においては、BBCが伝えてくれたアレクセイ死亡の3日後の News で、
『アレクセイを殺すことにより、プーチンは私の身体の半分と、私の心の半分、そして私の魂の半分を殺しました。』
との英訳を耳にして、ワタクシとっさにアンドレが亡くなった翌日のオスカルの言葉を思い出しました。
『わたしの心臓の半分を わたしの半分を 
 おお!! もぎとり ひきちぎり 』
最愛のひとを、魂の片割れ、生きる片割れ、と呼ぶ感覚。ユリア夫人はベルばらを知っているかのよう、知らないとしても、片割れ感覚を理解できるひとなのね、と思いました。
実際にその後のユリア夫人のスピーチで続く言葉は
『しかし私はまだ残りの半分を持っています。その半分が私に語りかけます、私には諦める権利はないと。』 であり、『アレクセイ・ナワリヌイの活動と我々の国のための闘いを継続します。』
という結び。このスピーチに至るまでには、オスカル様同様、
『それでもなお生きよと神はのたまうか!?』の心の叫びを乗り越えたことでしょう。いかに愛し合い、信じ合ってきたかを正直に語る文言、姿はダーママさまの心に残ったとのこと、ワタクシも同じ印象で、心に響き、刺さりました。
このようなヒトの死、別れはあってはならないですわよね。世界のどこであろうと。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-03-03 23:42:35

ふたりしずか様

「ユ…リウス……ついに生涯をシベリアの雪に隔てられるのか……」
おお、この言葉!シベリア流刑を宣告されたアレクのこのつぶやきに、わたくし、とてもとても反応してしまうのです。
アレクったら、やっぱりユリちゃんのこと、ほんとに好きだったのね~と、妙に嬉しくなってしまう場面であります。きゃっきゃ。だって、原作第3部はこのページに至るまで、ドンパチ・シーンが多くてアレクの愛のつぶやきがほとんど見られず、連載当時、少女だったわたくしは、毎月寂しく思っておりましたのよ。だから、今もテンテンまで覚えてる、「ユ…リウス……」って(笑)。

それにしても、History does not repeat, but it rhymes.(歴史は繰り返さないが、韻を踏む。)
19世紀から変わらず韻を踏んでいるロシア。デカブリストのオドエフスキーにアレク、そして、今回のもうひとりのアレクセイ…。
アレクセイ・ナワリヌイ(ナヴァルニー)の妻ユリアさんは、今や現代の「デカブリストの妻」と呼ばれているそうです。何をかいわんや。
でも、ユリアとデカブリストの妻の違いは、SNSで発信し、海外に訴えることができること。アレクセイの獄死後、直ちに欧州議会で演説し、さらに米国に渡ってバイデン大統領にも会って訴えたユリア。その強靭な精神と夫への愛に支えられた行動力、心から賞賛したいと思います。

ユリアの発信で、心に残るお話の概略。
リョーシャ(アレクセイ)、26年間ありがとう。絶対的な幸福をあなたは与えてくれた。そう、(獄中にいた)最後の3年間さえも、あなたは幸せにしてくれた。獄中から笑わせてくれることもあった。いつも私のことを考えていてくれた。
いつの日か私たちはまた会います。その時には、たくさんの話を聞いてね。それから、たくさんの私の歌も聞いてね。ひどい歌かもしれないけど、携帯に録音しておくわ。そして、それをあなたに聴いてほしい。あなたがそれを聴いたり、笑ったりする姿を見たい。そして、私を抱きしめてくれる姿も。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-02-25 11:17:10

ダーママさま
我が国はいわゆる連休であったようですね。寒い朝に出勤しないで良い場合にはありがたいことと感謝したものですが、Free style でいますと勤務に就くかたがたは大変であろうと毎朝我生活条件のありがたみを感じいっております。ダーママさま、お休みにたどりつくまでの激戦の日々お疲れさまでした!
NAVALNY 氏獄死の件、日本時間2月16日夜は眠れませんでした。オル窓原作アレクのページを片手にニュースの流れを見守りつつ(毎度毎度怒り心頭に発するふたりしずか)、ついにかの国によるウクライナ侵攻3年目に突入、しかも世界は「こんなことってあるかよ」ばかりの現状。
ああ、本当に現代のアレク=NAVALNY、勇気を体現してみせてくれたことを忘れません。今の世にこれぞ有言実行というものと教えてくれていました。それだけにこの理不尽が現存する国際社会、許すまじ。
昨年末にシベリア北極圏の監獄へ移送された時には、ワタクシ、原作アレクシベリア流刑のページとともにありました。
『ユ…リウス……ついに生涯をシベリアの雪に隔てられるのか……
これは神の偉大なる試練だ
祖国を解き放つものに与えられた誇らしき試練なのだ……』
と、運命の鎖を誇らしき試練として、火花から焔を燃え上がらせ、やがてはその鎖を絶つだろうというオドエフスキーの思いと重ねるアレク。さらに重なるのはシベリアの雪の絵。
しかしながら、このたび現代のアレクの死亡を聞いてからは、原作6年後アレクシベリア脱獄のページを開いては現実の悲惨さに涙します。
『祖国よ……!!
6年の歳月を閉ざされた牢獄の窓から想いこがれた大地よ
凍土はかたくなに神の祝福を拒むとも
かぐわしき樺の木はやがて やわらかに芽ぶき
このシベリアに忘れずに春はおとずれるものを……!』
現代のアレクは大地も自由も受け取ることができなかった…
春を待つシベリアの大地の絵、いったい、かの国に本当の春が来ることはあるのか、と、ふたりしずかはまたもダーママさまと一緒に慨嘆いたします。ワタクシたちは NAVALNY アレクを忘れない!!!

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-02-18 23:40:38

ふたりしずか様
このところ、昭和の時代から我が日本国をグローバルな水準へと引き上げてくださった方々が次々と他界され、合掌の日々であります。女性が力を活かす道を広げられた赤松さんも、縦横無尽に音楽を紡がれたマエストロ小澤も、もちろん御年を考えれば大往生、遺してくださった豊かなレガシーに心から感謝しながら、静かに過ごしておりました。

しかしながら、この週末に入ってきたニュースはあまりにも衝撃的。
アレクセイ・ナヴァルニー氏がシベリアの極北で突如として獄死。
前日、裁判官相手に軽口をたたいていた元気な姿を思うと、あまりのむごさに言葉もありません。
我々が生きるこの時代の国際政治の冷厳な現実を改めて感じます。
この荒々しく激動する国際社会のなかで、鋭利な牙をもつ国々に囲まれ、我が国、我が民族は、命をつなぎ、大切なものを引き継ぎ、生き抜いていかなければならぬのか。

シベリア、獄死、そして、アレクセイという名前。
我らが愛するヒーローを思わせるかのひとの冥福を祈らずにはいられません。
それにしても、あの物語の時代から100年以上経っても、かの国の本質は変わらないのか。深く慨嘆します。

マエストロ小澤が機会があるとよく指揮をしていたチャイコフスキーの弦楽セレナーデ。恩師の齋藤秀雄先生が、(当時、管楽器が少なかったこともあって)好んでいらしたからとの由。
ひとからひとへ、想いをつなぐことの大切さを感じながら、その響きに耳を傾けたいと思います。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-02-12 15:43:30

ダーママさまへ

信じられない程のお忙しさのことと思われます。加えて世界の、我が国の、出来事諸々、衝撃はつきませぬ。合掌、も。
けれども、いかなる事態においても、地に足つけて、ぶれない目、耳、心、直感、信じるところを行くダーママさまの血脈は他者に安定感を与えてくださいます。それはダー様へと受け継がれ、その先は……ん?

今年の南天の実はたわわ、とおっしゃっていたのは今年?それとも昨年のお正月?時の駆ける速度がすごすぎて時空をとまどうふたりしずかでございます。と申しますのも、このお正月、南天の赤がお庭のあちこちで心地よく目に飛び込んでくるもので、健康的なほどよい赤、近くへ歩み寄って観察しましてもやはりいい感じのたわわ。これからは梅が最高潮へと昇りつめていくと思われますが、重力波薔薇園もなんとか細々の脈々であります(←きっと通じる)。
そうそう、倫敦で同僚(日本人ではない)から "Nikkei" って株の新聞と教えられて以来そういうものだとずっと信じていたふたりしずかであります。あの新聞が基本的に普通の新聞であった(普通に近い?)と知ったのはごく近年。苦手の政治経済は変わらず、でありまする。
それでは、また、ごきげんよう。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-02-04 00:17:14

ふたりしずか様
やっと週末に突入、ひと息つきました。
我らの師匠が描いた輝かしき総合美~、本当にそうですね。ベートーヴェンの「皇帝」でつながるイザーク、アレク、そしてユリちゃん。忘れられない場面であります。
ウィーンの楽友協会のグローサーザール(と思われるホール)で、ピアノを弾くイザークの晴れ姿と、シベリアから脱獄してきたアレクセイ、そして記憶を失ったユリちゃん。それぞれ三人三様の人生。でも、音楽とあの街で過ごした美しい日々の思い出でつながる三人。実に味わい深い名場面でありました。

そうそう、先週日曜日の日経新聞の美術欄に、少年ダーヴィトとアレクセイがヴェネツィアで一緒に見た(と想像しております)ティツィアーノの聖母被昇天の絵が大きく紹介されておりました。あの絵に、アレクは、トボリスクで亡くなったママンを思い出すのであります(「ショパン バラード1番」の「第4章 トボリスクのバラード」28ページ)。

「高い天井の教会の壁に描かれた絵の上には、高窓があり、外から光が射している。光のなかをマリアが天に昇っていく。美しい絵と教会に入る光が一体となって神々しい空間をつくっていた。」

冬のヴェネツィアでこの絵を見たのは、もう何十年も前ですが、高窓から射す光と融けあうような聖母被昇天の美しい絵に、とても強い印象を受けました(ちなみに、アカデミア美術館の館長さんも、記事で同じような趣旨を語っておられました)。
で、うちのダーヴィトにも、アレクと共有する同じ思い出を語ってもらった次第(ダーヴィト回顧録第33話「冬のヴェネツィア」378ページ)。そうそう、冬のヴェネツィア、今がシーズンですわね。

心に残る絵があることは、心を豊かにしてくれる幸せなことと改めて思います。
日経新聞は日本一のオジサン新聞と思っていましたが、最近は、潤いが出てきました。
日本のムッシュウたちも素敵な方が増えてきた?嬉しいかぎりですわね。
「いや、昔から素敵なんだ。何を言っておる。」(←ダーパパ言)。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-25 23:06:37

修正です
ユリちゃんがイザークの皇帝を聴いて弾き始めたのはユス邸(レオ様御殿)でした。ごめんなさいです。睡眠をとりまする…とってもダメかも…

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-25 22:10:02

ダーママさま
お寒うございます、ぶるぶる~ お仕事はますます複雑化過酷化を極めるばかりでお疲れのことと拝察いたします。 呼吸器、消化器ともに困ったウイルスに付け込まれぬようどうぞ最低限の休息を確保されてくださいませね。睡眠時間は大切ですわよ。
はいはい、Beethoven Piano Sonata No.15 の場面、正真正銘の難問でございますね。いろいろあるけどどれも天才級の羽衣をもつBeethoven、全ての羽衣をはぎとって残った彼の《核》のようなものを感じるのでしょうか。ではどこで《実はこれが彼の核》が見え隠れしているというのでしょうか、となると、「ここよ、ここ!」と垣間見たような気がしても、結局 No.15 は第1楽章も含め全部がそれに思えてきてしまうのですわ、ワタクシ。うぅ~む、わからぬ…ですわ。
ただ、確かにあの数ページは、日本漫画文化といいますか我ら Ryk師匠ならではの日本漫画芸術最高峰というべき秀逸なコマ運び、コマ割り、絵もネームも、総合美をたたえておりますね。アレクが脱獄した直後にラジオから流れてきたイザークの皇帝、同時展開で記憶のおぼつかないユリちゃんがミハ侯爵邸で弾き始める~あの場面も歴史に残る師匠の筆、と感動百万回目くらい…ワタクシたち何歳になっても取り組んでしかるべき最高傑作だと思いまする。
ダーママさまとマラベルとのご縁のみならず、マラベルとドミジュニのめぐり逢い!?いいですわねーーー今でも並外れた美しさを時を越えワタクシたちに伝えてくれる都 Vienna、おっしゃる通り、マラベルは吸い寄せられるように Vienna Phil 海外公演に足を運ぶことでしょう。
ところで作曲の接点で Reinhard の才を共有できそうなクララ。彼女の年齢はちょうどマラベルとイザークの中間くらいでしょうか。世界を旅していることからも、Vienna ザイデルホーファー家ということからも、ダーママさまはじめ、他の皆と知り合うことはあり得ますかしらね。
寒い夜は(昼も)妄想網が拡大いたしまする。あと少しで週末。あと少しで睦月末。おお… お互いに健やかにまいりましょう。

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-22 00:47:12

ふたりしずか様

そうそう、ベートーヴェンのピアノソナタ第15番は、イザークがヴィルヘルム・バックハウスのピアノを聴いて、「ぼくと同じベートーヴェンを弾く人!!」と、感激したあの曲であります。ウィーン郊外のホテルでの邂逅、名場面であります。
で、どの楽章のどの辺りで、「ヘルマン・ヴィルクリヒ先生と同じ解釈のベートーヴェン!!」、「生のままのむき出しのベートーヴェン!!」と思ったのかしらん、と今も探究中です。これは難問ですわよ。

マラベルの境遇をめぐる想像は、最近、ドミジュニ妄想と合体しつつありまする。
ドミートリィ亡き後ドイツで生まれたドミジュニ君と、ラインハルト亡き後アメリカで生まれたマラベル。父親の非業の死の後、異国で生まれた二人、なんという共通点!
で、ダーママとしては、この二人のめぐり逢いを語らずにはいられませぬ!(笑)
ウィーンフィルが海外公演、シカゴにやって来る、なんていうのはいかがでしょう。
お母さまがウィーンの貴族だったマラベル、ウィーンフィルの響きを一度聴いてみたいと、幼い息子クリストファーとともに、ホールにやって来ます。そして、…。なんてね。
楽しい妄想は尽きませぬ。
1月も半ばを過ぎ、厳しい寒さが続くようです。どうぞ御自愛ください。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-14 14:46:26

ダーママさまのお弾き初め、Chopin Mazurka No. 25!!! お指慣らしとおっしゃいますも、あの作品を味わい深く弾き歌い上げられるのは、ダーママさまの真骨頂だとふたりしずかは感銘をうけました。さすが Ballade No.4 のダーママさまであります。両者ともに、『これぞ自分にとってめぐり逢うべき楽曲』、という部分を感じながら演奏されるに違いありません。素敵です!続いての Beethoven Sonata No.15 1st movement も、本年を少しでも良質な《和》のこころへと導いていただけそうで、本日ワタクシもありがたく弾かせていただきました。舞うことに終わり、舞うことに始まった辰年。どうぞダーママさまにおかれましては、ここからの1年、大切に、さらに美しく舞ってくださいますよう、お祈り申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ふたりしずか 

  • 投稿者:蔵次郎

  • 投稿日時:2024-01-14 00:23:28

ふたりしずか様

クレアの縦縞のブラウス!さすがよく見ていらっしゃる。なかなか素敵ですわよね。
横縞パジャマのクリストファーは、考えてみれば、ラインハルトのお孫さん!
このあたりの場面をよく見ると、涼し気なお目元がどこかラインハルトに似ているような気がいたします。ピアノの才能もお顔立ちも、おじいちゃま譲り。麗しうございます。
そういえば、縞模様が好きなところも、グランパ・ラインハルトが第2部で最初に登場した時のお召し物を彷彿とさせます~。

そういえば、この外伝の物語に登場するフォン・エンマーリッヒ氏は、ラインハルトの実のお父さまでありますが、外見はどう見ても魔法使いサリーちゃんのパパ。どのようにDNAがもつれると、ラインハルトが誕生するのかしらん(笑)。第2部最大の謎。ラインハルトの母君は、きっと音楽の才にたけた、とても美しい女性という妄想(というより推論ですわね)に至っておりまする。

それにしても、第2部連載後すぐに描かれたこの外伝「コラージュ」の絵の美しいこと、まったく同感であります。マラベルという名前は、ラテン語で「海の星」という意味なのだそうですね。「希望」を含意するこの名前。ラインハルトの遺した子にふさわしい名前だと思いました。
あまりにも悲しく衝撃的なラインハルトの最期。でも、遺された希望。美しい海の星のように。音楽とともに。
さすが我らの師匠であります。

ふたりしずか様のお弾き納めのショパンの11番のノクターン、晩秋の大人の香り。いいですなあ。
わたくしは、年末に、まずはショパンのワルツ集6番の「子犬のワルツ」、で、お次は7番のワルツを弾き始めたら、玄関でピンポ~ン!宅急便であります。受け取ったところで、電話がかかってきて、さらに、家族の用事が発生して…と、気づくと、ピアノを弾く時間ではなく…。この場合、お弾き納めは、「子犬のワルツ」になるのでせうか。なんだか慌ただしかった年のお弾き納めにふさわしい、クルクルと忙しいワルツで終わった1年でありました。
お弾き初めは、ショパンのマズルカ25番で指慣らしをした後、ベートーヴェンのソナタ第15番「田園」の第1楽章にいたしました。気持ちが大きく豊かになる、落ち着いたいい曲です。
辰年、昇り龍のいい年になりますように。

  • 投稿者:ふたりしずか

  • 投稿日時:2024-01-10 16:59:20

ダーママさま
年かさ女の一生についての共感、どうもありがとうございます!
将来の希望にあふれた若く美しい同志の方々に対しましては、(年齢的に)いつもかけはなれた異次元のお便りになっていることがワタクシ心配でありました(100 x 100 ですし…)。しかし、ダーママさまのお言葉、
~大切なひとに出会ったのならば、そのひとの手を決して離してはならない~
未来ある若き女の一生への訓示として、生きておりますわね。ほっ。

緊急重大呼び出し待機から初めて自由となった年末年始でありました。お弾き納めは最終曲として、Chopin Nocturne No.11 でありました(どたばたの記憶巻き戻しより)。お弾き初めはやはり、Chopin Ballad No.1 でございました。同時に DMAT 待機そして解除へと追われる同期まぶだちを見ますと、ワタクシは 〝ex” 戦乙女ですから、外で戦う日々から基盤を内海へと変えたことによる《守られている環境》感は半端ではありません。ありがたいことと存じます。この感謝の念は体験してみないとわからないことなのかもしれませんね。ダーママさま、本年もお疲れ様でございます。ご自愛くださいませ。
「コラージュ」、ワタクシも読み返してみました。そうでした!ダーママさまは Reinhard の実のお母上と幼なじみ!マラベルとの大西洋を越えた邂逅いかに!? そこにはどんな音楽が流れるのでせうか!?
それにつけても、美しい絵でございまする。お洋服のデザインも本当に素敵~Ryk 師匠。ふたりしずかはクリストファーのヨコシマ模様パジャマに目が釘付けであります。よく見るとたずねてきたクレアのジャケットを脱いだブラウスはタテシマ模様。いやはや、なにはともあれ、ドミジュニ君はダーママさまともうひとつの伯林が生んだ至宝でございまする。わが Reinhard の血を受け継ぐマラベルの中に彼からのDNA が目覚めるときはいつ?いかにして? 外伝原作ではその部分についての詳細がないだけにむしろ妄想は龍のごとく天翔けまする~

もうひとつの伯林(ベルリン)オルフェウスの窓ss Op.6