『落語より面白い漱石俳句』:生涯全句の解釈例とその面白味

「漱石という人は、何という人なんだ!」
〜日記代わりだった俳句、ここに本当の漱石がいた〜
 
 漱石先生は独自の俳句世界を切りひらきました。 漱石俳句を世の主流の写実主義に囚われずに、「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」と同じように読めば、漱石のおもしろい俳句文学が楽しめます。また、全俳句を漱石のj状況・立場で解釈すれば、世界に通用する小説、実験的かつ体験的恋愛・心理小説を書くために結婚生活をかなりの程度犠牲にした背景と実態が霧が晴れるように見えて来ます。

 絵画において漱石と同じく面白さ、ユーモアを追求する画家のホクサイマチスと漱石の俳句弟子を自認する理系の砂崎枕流(*2人は同一)が漱石の『全俳句』を数年かけて独自に解釈して来ました。当時の漱石に成り切って解釈しました。
 超A I 時代に向かっている今こそ、これらの俳句は光り輝くものであると弟子の枕流は確信しています。小説「草枕」は俳句小説と言われていますが、漱石の2605句の独自にカウントした俳句群(原句を含む)も一つの小説を構成するものだと思います。
 
 漱石俳句の大部分は、親友の子規に宛てて送られた句稿や手紙文に書かれていたものです。漱石の心情や悩みを率直に、かつ面白い俳句にしています。これらは互いに理解し合えていた2人だけがわかる暗号文のように作られています。これらの俳句を読み解くことは、小説から導かれる漱石の理解よりも深く理解でき、そして漱石の実像を明らかにすることにつながると確信しています。

 漱石俳句を完読することで彼ら3人の長い時間に渡る厳しい関係が浮かび上がってきます。これを見ることで三人の生き方が見えて来ます。現代と明治時代の違いを踏まえながら令和の今、当時の漱石を丸ごと見つめていきます。

 世の評論家、編集者は多くの謎めいた俳句の適切な解釈を避けていますが、ここには人間漱石の面白み、醍醐味が詰まっています。

参考: 漱石は「何もかも捨てる気」で松山に行ったというのだが,ーーー この突然の転身について漱石は黙して語らないが,帝大進学の翌24年7月初めて見染めた大塚楠緒子に失恋したことがおそらくその理由であった。(法政大学の論文)