★【6】今何故、500マイルも離れて(原稿用紙403枚)

主人公風間は、長い間続けていた個人学習塾と幼稚園の送迎バス運転手の仕事を辞めた。正確に言うと自ら《定年ひきこもり》を画策して、自主的に仕事に区切りをつけた。

風間は遠い昔大学卒業時に、自身の中のもう1人の自分に随分と追い込まれた経験があった。ある日突然目の前から自分のいるべき場所が消え去った時、そしてその場所からほんの少し先までもが見通せなくなった時、風間の身体は凍り付いて身動きが出来なくなり引きこもってしまった。

そして約40年後に独身で両親も亡くなって完全に1人きりとなり、当時と同じように再び社会から確信犯的にひきこもった。

そんなひきこもり生活を始めた矢先、昔風間が幼稚園送迎バスで送り迎えして、その後も個人の学習塾でも教えていた生徒、横山君が高校2年生になって風間の前に突然現れた。その彼がひきこもり中だった。

風間は自然体でそんな彼を風間が引きこもっている空間に誘った。殺風景な風間の部屋の中にある唯一の贅沢品である大きなデスクトップパソコンの画面に映し出された古いPPMの♪500マイルの音楽が、様々な予想外の展開に結びついて行く。

例えば、気が付くと横山君の傍には幼稚園時代の同級生たち龍君とマリさんが現れ、3人でPPMの楽曲のコピーを始めた。その彼らの練習光景に微妙な距離感で入って来た元レコード店の年老いた店主が、いつの間にか彼等3人を音楽コンテストへと導いた。

その年老いた店主と風間は、若い人たちがあまりにも無味乾燥な様々な接点に振り回されていることが気になっていた。数少なくても確かな目の前の事に、無邪気に寄り添って欲しいと願う。

そんな2人に横山君たち3人の笑顔が、純真無垢な若い人たちの感性の豊かさをもたらしてくれた。

やがて若い3人は、急速に音楽活動を通して羽ばたいて行く。そしてそんな中で引きこもっていた横山君は学校へ戻って行き、主人公風間はいよいよ確信犯的なひきこもり生活に戻って行った。