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2.

気付いたら、そこは異世界だった。
よく有る小説のよく有るシチュエーションのワンフレーズ。
友人が好んで読んでいた小説の中にも、そういう一文があった事を思い出す。
そして今私が置かれて居る状況は、まさしくこの表現そのものだった。
わけが解らない。

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「あ~、しまったもうこんな時間かぁ」
定時なんか、遥か彼方に過ぎた。
後少しだけと思いつつ、資料を作り続けてみれば21:00を過ぎていた。
昨日の仕事分を今日に持ち越したのも、残業の原因では有るが。
まぁ、その割には早めに終わったので良しとする。
さてと、帰るか。
勢いつけて立ったら、前の席に居る堂島と目が合った。
入社当時から元気の有り余った感じの後輩で、現場が似合いなのに何故かデスクワークな26才だ。
「堂島、お先」
「あぁ、お疲れ様っす。なんか雨止まないですね。先輩気をつけて帰ってくださいね?」
少し充血した目が、堂島の疲れ具合を現していた。
そう言えば、堂島は昨日も残っていた事を思い出す。
「ありがと。きりの良い所で上げないと、帰りそびれるぞ~」
「あはは~、1時間以内で終わらせますよこんなの」
「おお、頼もしい。んじゃ、お疲れ様」
堂島にそう言ってから、会社を出た。
さっきあいつが言っていた通り、外は雨だった。
しかも結構酷い。
社内に居ると外の天気が判り辛い。
そこが難点だ。
さて、今から帰ったら21:30だな。
何も作る気がしないから、冷凍物で済ませるか。
等と、今晩のメニューを考えつつ、地下の車庫へと向かう。
車で地上に出る寸前、くぐもった雷鳴が耳に届く。
どうやら、徐々に近づいているみたいだ。
その音に追われる様にして、車を走らせた。
今日の出来事を思い出しながら、東に向かっていると、時々フラッシュを焚いた様に周りが明るくなる。
勿論、対向車のライトなんかではない。
まるで、狭い部屋で電気の明滅をワザと起こされている様な気分になった。
何か本当に、この車へ近づいている気さえする。
まぁ、原理は解らないが車中は安全だというし、問題は無い…はずだ。
こちらは55Km/hも出しているし大丈夫だろうと楽観視しながら走っていると、突如視界がハレーションを起こした。
その瞬間轟音と共に焦げ臭い何かがガラスを突き破り、頭にぶつかって来た。
あー、雷に追いつかれたかぁ…
そう考えた所で、意識がブラッカウトした。

んで、気付いたら異世界だった。
何故、ここが異世界であるという結論に至ったのかは、割と簡単な答えが目に映し出されていたからだ。
ただ、どれだけ目の前の物が現実だと訴えていたとしても、私の気持は納得しなかった。
だから先程、現実逃避をしていたのだ。
例え頭を襲う痛みが現実だと知らせ、目に映る物は本物であると主張していたとしても。

気を失った以降、現実逃避を行う以前、目を開けると私は冷たい床に横たわっていた。
ここは石畳になっていて、酷く寝心地が悪い。
そっと体を起こすと、体中から痛みの信号を発していた。
1か所だけ特に明るい場所が目に付いた。
窓だ。
30cm四方の小さな窓から光が漏れていて、この空間をひっそりと照らし出す。
周りを見渡すには十分な光量である事に満足すると、ゆっくり首をめぐらした。
そして目を見張る。
そこは鉄格子(!!)が嵌めてある、まるで牢屋の様な部屋だった。
というか、牢屋そのものだった。
鉄格子の向こう側には約1.5m幅の通路があり、更にその向こう側には木造らしき扉が薄っすらと見えた。
開く気配は無い様だ。
今、開かれても困るのだが…
それら以外に、この部屋には特筆して見るべき物は無かった。
部屋を見回したところで、急に窓の外が見たくなった。
あちこち痛む体に鞭打ちながら、そっと窓に近づく。
身の丈より3,40cm高い所に鉄格子がはめられた窓があり、残念ながら外の風景を見る事が出来なかった。
まぁ、当然といえば当然の造りなのだが、何だか悔しい。
だが、見れないものは仕方がないかと、諦める。
外を見る手段はいくつか有るが、今見るよりもきっと日が昇った明日の方が良いだろう。
一旦諦める事にした。
幸い、空だけは眺める事が出来たので、壁を背にして静かに座る。
自分を落ち着かせる事を最優先にした。
ひんやりとした石壁は、ほてった背中に当たり気持ちが良い。
この冷たさで、少し落ち着きを取り戻す事が出来た気がする。
顔を上げ、窓から空をぼんやりと眺めた。
その視線の先には、月が静かに浮かんでいた。








3つの月が。

更新日:2013-10-06 14:59:24

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自称現実主義者の異世界トリップ