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地獄の門

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

私は、由良に連れられて、書かれている文面ほど大そうな代物では無い門の前に立っていた。

「あのー、由良君。ちょっと良いかな?もしかして、これは洒落かな?」
「まーそんなところかもね」

呆れるほど適当な回答をしてくる男だ。
ボロアパートの四畳半の押入れから、不思議な空間に来たまでは良い。
しかし、この門は何なのだ。
私の実家の門だって、もう少し立派だぞ!
しかも、金属製の門ではあるが、都会のど真ん中にマイホームを無理やり建てて、必要も無い門を取り付けてしまったような、そんな陳腐な門なのだ。
だけど、仰々しく書いてある言葉は、ダンテの『神曲』の地獄の門なのだ。
このアンバランスさが、陳腐さを強調している。
しかも、ここは、由良の留守番するマイケル君の部屋の中なのだ。
門の先にドアがあるのだけれど、どう考えても散歩にすらならない。

「本当に、ここから散歩に行くのか?」

私は、怪訝な表情を隠そうともせず、楽しそうに門に両手をかける由良に尋ねた。

「そうだよ!ここからが地獄巡りなんだよ」
「はー、地獄ねー、もしかしてベアトリーチェさんとか言う人が住んでたりするのかな?」

私が溜息をつきながら、ダンテの恋したベアトリーチェの少女の名前を言うと、由良は少し驚いた様子で振り返った。

「お前、よく知ってるな。ベアトさんと知り合いか?」

私がベアトリーチェと言った事を、そこまで驚くとは思わなかったが、この男が驚くなんて珍しいので、私の口元は笑から歪んでいた。
言葉で言えば、ニヤリよりもニヤッとした感じかな?

更新日:2010-06-16 04:15:00

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