• 1 / 15 ページ

プロローグ 招かれざる客

「ねぇ、紗和ちゃ~ん!今日もまた、家のお手伝いな訳?」
クラスメイトの美月が、唇を尖らせて言った。

「ごめんね、美月。
 だって父さんが、家を手伝えって五月蠅くってさぁ!」
私はショートカットの髪をガシガシと掻きながら、答えた。

「ちぇっ、詰まんないの~っ!
 でもさぁ、紗和ちゃん。いい加減、教えてくれてもいいじゃない?
 …紗和ちゃんの家って、一体何処にあるの?」

彼女は愛らしく小首を傾げ、聞いた。
私は時計をちらりと確認して、それから言った。

「…ごめんね、美月。
 私、今日も超急いでるからっ!
 じゃ、また明日ね~っ!」

そして私は、慌てて教室を駆け出した。
背後からは美月の非難する声が聴こえて来ていたけれど、そんな事に構ってはいられない。
…だってあんな格好、学校の友達に見られる訳にはいかないってのっ!


家に着くと私は、いつもの様に店の制服に着替えた。
お世辞にも私に似合っているとは言えない真っ黒なそのワンピースは、愛らしいレースで飾られている。
しかもご丁寧に、ふりふりの真っ白なエプロンまでセットされている始末。

私の家は近所では割と評判の、ケーキ屋さんだ。
その為私は毎日、ただ同然で両親に扱き使われている。

とはいえ私はこの仕事が心底嫌いなわけではなく、ケーキ作りに関してのみいえば、かなり楽しんでやっていると言えよう。
まぁでも私が作らせて貰えるのは、今のところ比較的簡単なクッキー位なものなのだけれど。

『カラン カラ~ン!』

ドアの方を見ると、長身の男性客が一人、店内へと足を踏み入れた。

男性にしては少しだけ長めの、艶やかな黒髪。
程良く焼けた、小麦色の肌。
高い鼻と、少し分厚めだが形の良い唇。
そしてキラキラと輝く、切れ長の瞳。

…って、おいっ!
あれ、同じクラスの内藤 陸じゃんっ!!!

私はかなり動揺しながらも、顔を隠すため少しだけ俯いた。
キョロキョロと店内の商品を物色しながら、ヤツが少しずつ私のいるレジ付近に接近してくる。

大丈夫だっ!落ち着け、私っ!
ヤツはケーキ選びに夢中で、店員が私だとはまだばれてないっ!

内心激しく動揺しながらも、私は接客用の営業スマイルを浮かべた。

「えっと…。ミルフィーユ3個、お願いします。」
内藤は心底嬉しそうな笑顔で、注文した。

「…畏まりました。
 では、少々お待ち下さい。」

…ミルフィーユ。
あのクールなモテ男、内藤が苺のミルフィーユだって~っ!!!

吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、私は少しだけ声色を変えて答えた。
そして私は後ろを向き、ケーキを箱に詰め始めたのだけれど。

…その時運悪くアルバイトのはなちゃんがやって来て、私に声を掛けた。

「紗和ちゃん、お疲れ様です。
 今日も一日、よろしくお願いしま~す!」

…うっ、勘弁してよ、はなちゃんっ!!!
するとこれまで全くこちらを見る事がなかった内藤が、ハッとした表情で私の事を見上げた。

「…岸辺?」

唖然とした表情でそう呟くと、次の瞬間ヤツは腹を抱えて爆笑した…。

更新日:2010-05-09 17:21:47

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook