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とある休日の非日常

「エロバイブ!エロバイブ!」
 目の前の男は執拗に叫んでいた。何が言いたいのかはさっぱりわからなかった。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 周囲の目など気にしない様子で続ける。じっと眺めているとちらりとこちらに視線を寄越してきた。僕はまずいと直感し、思わず視線を逸らした。男は間違いなくこちらを見ている。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 こちらを見ながら叫ぶ男。明確な言葉にはしていないものの、僕は明らかに誘われていた。タバコを吸いながら冷や汗をかいている自分を感じる。どうしたらいいのか皆目見当も付かなかった。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 男は続ける。声は明らかに僕に向けられていた。どこか声に期待が篭って来ている気がする。このままでは仲間と勘違いされてしまう。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 やめてくれと僕は心の中で叫んだ。それでも、男は構わず僕に投げ掛け続けた。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 そもそもエロバイブって何なんだ。全く意味がわからない。頭が混乱し始める。その時、突如として男は視線を僕から外した。
「エロバイブ!エロバイブ!」
 男は変わらず叫びながら去って行った。男の声が次第に遠ざかる。緊張しきっていた精神と肉体はやっとのことで休息を得ることができた。一体彼は何だったのだろうか。
「エロバイブ……」
 先ほどまで執拗に聞かされた言葉をつい口から零す。幾ら考えても僕にとっては訳のわからない言葉だった。しかし、異様に耳には残っていた。
 男が去って行った方向に視線をやる。きっと遥か遠くで男は叫び続けているのだろう。ふいに心の奥底から僕を突き上げる感情が沸き起こった。
「なんだ、この気持ちは」
 段々と不思議な気持ちが溢れてくる。今やらなければ一生できないような気がしてきた。僕は意を決して立ち上がった。手に持っていたタバコを丁寧に携帯灰皿にしまい空を見上げる。するとそこには、果てしなく拡がる青空があった。まるで、限りなく続く透き通った青色に、僕の身体が包み込まれているようだった。爽やかな風が吹き抜ける中、僕は両手を突き上げ、力の限りに叫んだ。
「エロバイブ!エロバイブ!」
その時、僕の中で何かが変わった気がした。

更新日:2010-06-05 02:20:21

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