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動機
「なんでこんなことを始めようと思ったんだ?」
少しよれた背広に皺を増やしながら、壮年の刑事は電気スタンドの細首をひねって私の顔を照らした。
「刑事さん……上の蛍光灯点ければいいじゃないですか。」
「これでいいんだ。質問に答えろ。」
日の暮れ落ちた窓を背負いながら、無駄にムーディーな取調室に私は一つ溜め息を吐いた。
「どうしても言わなきゃだめですか? 正直恥ずかしいんですけれど……。」
「なぁ、血税のカツ丼うまかっただろ?」
いやらしい笑みで恩着せがましく覗きこんでくる。
「ええ…正直、美味しかったですよ。出てくる予感はしていましたけどね…でもまさかね……」
ベテラン刑事の後ろに立っている青年をちらりと見る。
「…エプロン似合ってますよ、刑事さん。」
彼ははにかんで会釈した。
「味噌汁もうまかっただろ?」
目の前の刑事が我が事のように顔を輝かせる。
「ええ、それにぬか漬けも。まさかあれもここで仕込みを…?」
「いや、あれは俺の田舎から送られてきたものだ。」
なんだか胸がいっぱいになってきた。
これで故郷のお袋さんがどうのとか畳みかけられたら落ちるのも分かる気がする。
「…で、そろそろ話してくれないか? 故郷のお袋さん心配させたくないだろ?」
なんて予定調和なんだこの人。
でも実際、私は少しためらいながらも告白する気になっていた。
「ふぅ…動機ですか…。あれは、楓双葉という方のエッセイに感想を書いた時のことでした……。」
私はあの場面を思い浮かべるために瞼を下ろした。
「私の言葉にあの方がこんな風に返してくれたんです。‘この感想欄に載せているだけじゃもったいない’…と。それを見て私はこう想ったんです――」
「自分もやっちゃえってか!」
「借りてる映画いつまでだっけなって!」
「関係ないだろ!!」
刑事は握りこぶしでステンレスの机を叩いた。
乗っかっていた彼の携帯が飛びはねてひっくり返るとプリクラが現れる。
彼が娘らしき女子高生と背中を預け合って指拳銃でこちらに狙いを定めている。すごいノリノリ。
「だって刑事さんが先に言っちゃうから…。」
「ああ、そうか…すまん。で、それが全部か?」
「うん、やってみるのもいいかなぁと思い始めたのがその時です。それからしばらくして、今度はyonoという方のエッセイに私はこう呟いたんです。‘私もやってみようかなぁ…’と。そしたらあの方が――」
「‘向いていると思いますよ’ってか!」
「カツ丼ご馳走さま!!」
私は両手をバンッと机について立ちあがった。
彼の携帯が表返ると同時に着メの光が点る。「逮捕しちゃうぞ♡」という着ボイスが薄闇の中に響き渡った。
「す、すまん。また先に言っちまったか…。」
え、あんた今の聞かれて何ともないの!?
壁際の若い刑事を見やると、彼はまた微笑んで会釈した。どうやら公認らしい。
「…まぁ、要はそんな感じです。それで調子づいて始めちゃったんですよ、生まれて初めてのエッセー。」
「そういうことだったか…。そりゃちっと恥ずかしい告白させちまったな。」
あんたが晒した物の方が遥かに恥ずかしいと思うんですけれど……。
「悪かったな、気をつけて帰れよ。 …おい! 土産持たせてやれ!」
やっと解放されて覆面パトカーで送られる。
夜景を縫って私を運ぶ車内には味噌の臭いが満ち溢れていた。
ええと……
今回からは小説に関して思索していきたい…とか言っていましたよね、私。
こ、これあげるから許して下さい。
胡瓜を貴方に…仙花
「なんでこんなことを始めようと思ったんだ?」
少しよれた背広に皺を増やしながら、壮年の刑事は電気スタンドの細首をひねって私の顔を照らした。
「刑事さん……上の蛍光灯点ければいいじゃないですか。」
「これでいいんだ。質問に答えろ。」
日の暮れ落ちた窓を背負いながら、無駄にムーディーな取調室に私は一つ溜め息を吐いた。
「どうしても言わなきゃだめですか? 正直恥ずかしいんですけれど……。」
「なぁ、血税のカツ丼うまかっただろ?」
いやらしい笑みで恩着せがましく覗きこんでくる。
「ええ…正直、美味しかったですよ。出てくる予感はしていましたけどね…でもまさかね……」
ベテラン刑事の後ろに立っている青年をちらりと見る。
「…エプロン似合ってますよ、刑事さん。」
彼ははにかんで会釈した。
「味噌汁もうまかっただろ?」
目の前の刑事が我が事のように顔を輝かせる。
「ええ、それにぬか漬けも。まさかあれもここで仕込みを…?」
「いや、あれは俺の田舎から送られてきたものだ。」
なんだか胸がいっぱいになってきた。
これで故郷のお袋さんがどうのとか畳みかけられたら落ちるのも分かる気がする。
「…で、そろそろ話してくれないか? 故郷のお袋さん心配させたくないだろ?」
なんて予定調和なんだこの人。
でも実際、私は少しためらいながらも告白する気になっていた。
「ふぅ…動機ですか…。あれは、楓双葉という方のエッセイに感想を書いた時のことでした……。」
私はあの場面を思い浮かべるために瞼を下ろした。
「私の言葉にあの方がこんな風に返してくれたんです。‘この感想欄に載せているだけじゃもったいない’…と。それを見て私はこう想ったんです――」
「自分もやっちゃえってか!」
「借りてる映画いつまでだっけなって!」
「関係ないだろ!!」
刑事は握りこぶしでステンレスの机を叩いた。
乗っかっていた彼の携帯が飛びはねてひっくり返るとプリクラが現れる。
彼が娘らしき女子高生と背中を預け合って指拳銃でこちらに狙いを定めている。すごいノリノリ。
「だって刑事さんが先に言っちゃうから…。」
「ああ、そうか…すまん。で、それが全部か?」
「うん、やってみるのもいいかなぁと思い始めたのがその時です。それからしばらくして、今度はyonoという方のエッセイに私はこう呟いたんです。‘私もやってみようかなぁ…’と。そしたらあの方が――」
「‘向いていると思いますよ’ってか!」
「カツ丼ご馳走さま!!」
私は両手をバンッと机について立ちあがった。
彼の携帯が表返ると同時に着メの光が点る。「逮捕しちゃうぞ♡」という着ボイスが薄闇の中に響き渡った。
「す、すまん。また先に言っちまったか…。」
え、あんた今の聞かれて何ともないの!?
壁際の若い刑事を見やると、彼はまた微笑んで会釈した。どうやら公認らしい。
「…まぁ、要はそんな感じです。それで調子づいて始めちゃったんですよ、生まれて初めてのエッセー。」
「そういうことだったか…。そりゃちっと恥ずかしい告白させちまったな。」
あんたが晒した物の方が遥かに恥ずかしいと思うんですけれど……。
「悪かったな、気をつけて帰れよ。 …おい! 土産持たせてやれ!」
やっと解放されて覆面パトカーで送られる。
夜景を縫って私を運ぶ車内には味噌の臭いが満ち溢れていた。
ええと……
今回からは小説に関して思索していきたい…とか言っていましたよね、私。
こ、これあげるから許して下さい。
胡瓜を貴方に…仙花
更新日:2010-06-16 23:34:49