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第7話

 家具が何もない、殺風景な牢屋のような部屋の窓際に、セーラー服姿の少女――タテヤマ・スミノは腰を下ろしていた。
 窓から映る風景は、どんな時も代わり映えのしない住宅街。そこは都会の夜景のように夜中も照明がシャンデリアのように輝く訳でもなければ、大自然の壮大な風景のように心を癒す美しさがある訳でもない。
 見ていても暇が潰せる訳でも心が和まされる訳でもなく、余計に退屈になるだけだが、スミノにはそれしかやる事がない。スミノは退屈そうな目で、代わり映えのしない風景を見つめていた。
 この仮初めの住まいに身を置いてから、どれくらいの時が経ったのだろうか。考えてみるが、もうテレビも時計もカレンダーも長い間見ていないスミノにはわからなかった。かなり長く経ったような気もするし、そんなに経っていないような気もする。
 スミノは、この仮初めの住まいに身を置いてから、ほとんど外に出た事がない。いや、何も理由なしに外出する事を禁じられているのだ。外に出る事は危険だ、という理由で。
 なぜならスミノは、普通に生活できる人間ではないから。
 人間が社会の中で生活していくために必要最低限なモノを、スミノは全て失っているから。
 ソーサラー大戦という、未知の人種との全面戦争によって。
「こんな暮らし、いつまで続くのかな……?」
 気付かれないように小さな声で、そんな疑問を口に出してみる。だが、答えは返ってこない。
 自分はまるで、鳥かごに入れられた小鳥のようだ。生きる権利を得た代わりに閉じ込められた小鳥は、自由に飛ぶ権利を奪われ、自力では生きていく事ができない。
 スミノは自らが生きる権利を手にする代償として、自由な生活を差し出した。そしてスミノは、人並みの生活ができない身となってしまった。
 以前は当たり前のように手に入ったものも簡単に手に入らなくなり、どうしても必要なものは盗みを犯してでも手に入れるしかない。食事は満足感を得られない簡素なものばかり、夜は雨風を防げない場所で明かす事もある。そして、盗みの罪を裁こうとする人間達や、いつ襲ってくるかわからないソーサラーの影に怯えながら、明日をも知れない日々を暮らしていく。
 15年間の人生を何不自由なく暮らす事ができたスミノにとって、それはあまりにも厳しい現実だった。失った自由を自力で取り戻すには、スミノはあまりにも力不足だった。
 生きる事が、これだけ辛い事だと思った事はなかった。今はなき家庭の中で、明日に一切の不安を抱かずに自由な生活を満喫していた日々が、儚い夢だったようにも思えた。死んだ方が楽になれたのかな、と考えた事もあった。
「でも……」
 それでもスミノは、希望だけは手放していなかった。
 全てを失った自分に、救いの手を差し伸べた人物。自分に直接ではないが、生きろと告げた人物。
 そんな人物が今、スミノの隣にいるから。
 その人物が、スミノのただ1つの希望だった。

「おい」
 スミノの耳に、青年の声が耳に入る。
 その言葉が自分に向けられたものである事を、スミノはすぐに理解した。彼以外にここにいるのは、自分だけだから。
 顔を向けるとそこには、上下とも黒で統一したシャツとズボンを身に着けた、スミノより頭1つ分ほど高い背を持つ、乱れた茶髪の青年が、立ち上がってどこか憂いを帯びた瞳でスミノを見つめている。
 彼は、名をナガト・リュウという。スミノよりは5つ年上らしい。
「これから行く場所があるから、俺と来い」
 リュウの突拍子もない言葉に、スミノは驚いた。いつもスミノに理由なしに外に出るなと言っていた彼が、出かける際に自ら来い、と言うのは珍しい。
「え……? 来いって、どうして?」
「お前だって、たまには外の空気くらい吸いたいだろ」
 スミノの疑問に、リュウは紫色の革のジャンパーに袖を通しながら、素っ気ない言葉で答える。
 リュウの自分への気遣いを知ったスミノは、驚きつつも久しぶりに嬉しさが込み上げ、自然と立ち上がった。長い間籠り続けているこの現状において、外に出られるほど嬉しい事はない。
「……いいの?」
「ああ。だが、俺からは絶対に離れるなよ。何が起こるかわからないからな」
 スミノの念入りな言葉に、黒いグローブを両手にはめながら相変わらず素っ気ない言葉で答えたリュウだったが、その言葉をスミノは頼もしく思った。
 胸が自然と熱くなるのを感じたが、スミノにはそれが心地よく感じられた。
「ありがとう、リュウさん」
 スミノは、自分が今作れる精一杯の笑みを見せる。今の辛い生活の中でも、リュウがいるからこそ作る事ができる笑みを。

更新日:2010-06-26 19:29:18

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