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 ピポピポピポーン!
 軽い電子音がしてセンサーが来客を告げる。途端にコンビニエンスストアの店員が「いらっしゃいませ~!」と声を張り上げ、レジで金を支払っていた恵也はチラとそちらに視線を向けた。
「おッ、姫~~~!」
 途端に野太い猫撫で声がして、黒のライダースーツを来た二十歳前後の若い男が両手(もろて)を挙げる。
「うげッ……」
 恵也は思わず顔を歪めると、レジの店員に視線を戻して釣り銭を受け取った。
「ありがとうございました!」
 店員が恵也にビニール袋を手渡し、恵也はペコリと頭を下げてさっさと店を出ようとする。黒のライダースーツの男はその前に立ち塞がると、再び語尾にハートマークを付けて「姫」と呼んだ。
「なんだよ、つれないな~。ちょっと待ってろよ。店長に挨拶して来るから」
「なんで俺が……」
 恵也はギュッと眉を引き寄せると、その脇をすり抜けて足早に外に出る。
「店長、俺たちこれから走るから。ウチのが何か失礼なことしたら、すぐに遠慮なく言ってくれな」
 その耳に、店の奥にある事務室に向かって声を張り上げる男の声と、それを受けて「ああ、頼むよ」と愛想良く応える中年の男の声が微かに聞こえた。

 この何の変哲も無いコンビニエンスストアは、二つの国道が交差する場所に建っている。ここは県の中心地に位置していて、県北と県南にはそれぞれその一帯を仕切っている暴走族がいた。南北の暴走族は何故か昔から走る前には必ずヘッドがこの店の店長に挨拶するのが習わしになっているらしく、それはヘッドが何代変わっても続いているらしい。なんでもここの店長が若い頃、南北両方を治める『伝説のヘッド』だったという噂もあったが、本人に聞いたわけではないので真偽のほどはわからない。まあ、どちらにしても恵也には関係の無い世界の話だった。
「待て待て待て! 待てって、姫よ~~~」
 その県北を仕切っている暴走族『ブラックキャット』のヘッド剛田が情けない声を上げながら店の外に出て来る。黒のライダースーツの背中には金色のしなやかな猫のシルエット。短い金髪をツンツンと尖らせ、黒のブーツの踵を鳴らしながら大股に歩く姿は黒猫というよりは大きな獣だ。
 恵也は溜息をつきながら、くつろげていた胸元のファスナーを引き上げる。恵也の着ているライダースーツは深いマリンブルーで、背中に三本の流星が描かれている。それが獣に切り裂かれた爪痕のように色っぽいと言って、この店の駐車場で口説かれたのが剛田との出会いだった。恵也は剛田の制止を無視すると、フルフェイスのヘルメットをすっぽりと被る。途端に鮮やかな金髪や線の細い色白の顔がその下に隠れて、それを見た剛田が「あ~~~~~……」と残念そうに言いながらがっくりと項垂れた。
「綺麗な顔がもっと拝みたかったのに~」
 その情けない声音に、恵也はフンと鼻を鳴らして背を向ける。そこへ、グオングオングオンと凄い爆音をさせて県南方向から三台のバイクが走って来た。
「チッ!」
 そのバイクがまっすぐこの店目指して走って来るのを見て、剛田が顔をしかめて鋭く舌打ちする。
「クレイジータイガーだぜッ!」
 吐き捨てるように言ったその名前に、恵也も顔を上げてそちらを見た。
(じゃあ、あれが……)

更新日:2012-09-24 20:39:55

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