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小説

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第六話 欲望


「そう言えば、友達にする、言い訳の事だけど…。」
彼女を駅に送り届けて、そこで俺は切り出した。

「そうだね、何がいいかな?」
彼女は、小さく溜息をついた。

「俺がゆららに一目惚れして、無理やり連れ去った、っていうのはどう?」

俺がそう言うと、彼女は眼を見開いた。
今俺は、自分の心に鍵を掛けているから、ゆららが何を思っているのかは分からない。
ほぼ事実を告げたのだけれど、彼女はその事に全く気付いていないようだった。

彼女の目をじっと見つめると、ゆららはスッと視線を外した。

もしかして、俺が君に一目惚れしたっていう、それだけの事がそんなに嫌なのか?
悲しい気持ちが、一気に俺の心を占拠していく。
だけど俺は、特に他意は無いとでもいう風に、さも当然の様に聞いた。

「それにこれからも、色々教えて欲しい事があるから、二人で会う機会も多くなると思うし。
 …二人が付き合ってる、っていう事にして貰ったら、駄目かな?」

俺が聞くと、彼女は眉間に皺を寄せ、うーんと唸った。

「…ゆらら?」
不安になって、彼女の名前を呼んだ。
だけど俺のその顔はきっと、相当情けないものだったに違いない。

「…仕方ないなぁ。じゃ、お礼にお茶くらい奢ってよね?」

彼女はちょっと困った様な顔のまま、言ってくれた。
その反応を見て、また少しだけ悲しくなったけれど、例え振りだけでも彼女の恋人になれるなら、幸せだと思った。
まだ今は、彼女に本当の気持ちを伝える事は出来ないから…。

「…よかった、共犯者になってくれて。」
そう言うと、俺は笑った。
それから俺たちは、携帯番号とメルアドを交換した。

「じゃあ今晩、メールするから。」

駅の改札口で俺は、彼女になるべく平気な顔を装って言った。
本当は、用もないのに送ってくるな、とか言われたらどうしようと、不安でたまらなかった癖に…。

彼女は何も言わずに、曖昧に笑って手を振った。


人生で初めて、他人と一緒にいるのに雑音の聞こえない世界を体験したけれど、それがこんなに心地いいだなんて…。
とはいえ今日はなんだか、すごく疲れたな…。


彼女の言う通り、心に鍵を掛けたままでいると、とても体力を消耗するらしい。
そこで漸く俺は、心の鍵を解放した。


人生初の、『片思い』。
しかし俺のこの能力は、彼女には何の意味も成さない。
雑踏の中、行き交う人々の声と、心の声が聞こえる。


…本当にこんな能力、何の意味もない。
世界で一番聞きたい彼女の声を、聞く事は出来ないのだから…。


俺は小さく溜息を吐き、さっき二人で歩いた道を戻る。
二人で喋りながら歩いた時は何とも思わなかったのに、その距離はなんだかとても遠く感じた。



家に着くと、今日あった様々な出来事を、ゆっくりと思い返してみた。
彼女と出逢ってからの時間は、まるでジェットコースターに乗ってるみたいだった。

こんなにも俺の中に様々な感情が眠っていたなんて、彼女と出逢わなければきっと、気がつかなかっただろう。
…そしてこんなにも自分が、欲深い人間だという事にも。

出逢ってまだ少しの時間しか経っていないのに、俺は彼女が愛しくて堪らない。
最初はただの、同じ能力を持つ少女としか思っていなかった。
次に、彼女の清純そのものな反応に、心魅かれた。
それから、彼女とは同じ思いを共有できるのではないか、と期待した。

しかし、今は…。
同じ能力を持っていても、俺と違って全くと言ってもいい程穢れを知らない彼女を、手に入れる事は出来ないであろう事に絶望している。

でもどんなに卑怯な手を使っても、ゆららと一緒にいたくて。
…だから俺は、あんな提案をしたんだ。
…優しい彼女が拒めないであろう事を、心のどこかで感じながら。

我ながら、本当に最低だと思う。
でもどんなに最低でも、例え振りだけでも、彼女の恋人になれる喜びを、俺は心の奥底に感じていた。

更新日:2010-07-13 13:19:15