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 スイッチを入れるとまず、有料で視聴できる映画のタイトルが映し出されました。しかしどれも一度見たことのあるものばかりで、わたしは迷わず一般放送を選び、いくつかチャンネルを切り替えていきました。呑気なドラマや派手な音楽番組、白熱のスポーツ中継などが目の前を横切っていきましたが、わたしはいつもはあまり見ないニュースチャンネルで指を止めました。
≪――このように首都エマトリアーヌでは、式典の準備が急ピッチで進められるにつれ、都内の警戒も厳しくなってまいりました。ある政府関係者は、明日には新たに、駅や港にも警官を更に増員して、テロやデモに対する警戒を強めていく方針であると語っていました――≫
 エマトリアーヌのメインストリートの終点“モレシャン広場”中央に設けられた式典用ドームを背景に、その東洋系の女性リポーターはハキハキした口調で説明しました。そばには共和国議事堂の威風堂々たる姿や、遥かセーヌ湾に浮かぶ艦船の明り、美しくライトアップされた“インディペンデントタワー”の姿も見え隠れしています。
 わたしはそのニュースの内容とは裏腹に、まだテレビでしか見たことのないこれらの街並の様子に、すっかり胸が高鳴ってしまいました。
 一度は行ってみたいと思っていた首都エマトリアーヌ。そこには建築物にしても商品にしても田舎のルーブラには無いものばかり。家が貧乏で旅行をする余裕がなかったわたしは、この時、心から鉄道警察官になって良かったと思いました。
≪――以上、式典会場からの中継を終わります≫
≪ありがとうシア。明日もよろしく≫
 中継が終わってエマトリアーヌの景色が画面から消えても、わたしはまるで魂を抜き取られた猫のように、しばらくポカンとしていました。そうです、明日の朝には、わたしは間違いなく今見た風景の中に立っている筈なのですから。気を落ち着けるためにテレビを観ようと思ったのに、逆にますます興奮してしまって、失敗でした。
 それからどれくらい経った頃でしょうか。家から持ってきた読みかけの本を手に、いつの間にかわたしは座席に座ったままウトウトし始めていました。
 車内はとても静かで、もう隣の子供たちの声も聞こえません。列車の車輪が奏でる心地良いリズムが、すっかりわたしを緊張から解放させてくれていたのです。
「ピピピピッ、ピピピピッ」
 ところが、せっかく訪れていたわたしのまどろみを、一瞬で台無しにするような鋭い電子音が、突然わたしの意識の中に飛び込んできました。日頃からわたしはその音には聞き慣れていたのですが、このときばかりは、授業中の居眠りを先生に注意された時のように、全身に電気が走ったかのような錯覚にとらわれてしまったのです。
 すべての物語はこの電話の着信音から始まったのでした。

更新日:2009-09-28 02:54:56

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超時空物語RAIN 第一部 わたしの仲間たち