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六法全書は恋をしない。

 「六法全書に"恋"はない。」というのは、有名な元宝塚女優が主演したドラマの一台詞であるが、この大学ではこれと似た言葉がごく当たり前のように使われているらしい。

「六法全書は、恋をしない」



 最初に聞いた時、何を当たり前のことを、と思った。六法全書と言うのは俺たちのような司法を学ぶ人間にとっては必需品であり、コンパクトタイプ、実例が載っているものなどいろいろあるが、その多くは「紙」である。最近ではインターネットでも見れるかもしれないし、電子辞書に入れていると言う人もいる。けれど「モノ」である。物であり、ルールであり、総称である。
 本が歩いて女の子をナンパしたり、「やっぱりドイツの憲法は素敵だわ、惚れ惚れしちゃう」とか言ったりはしないのである。……しません。

 けれど、その六法全書と言うのが「人」だった場合、どうだろう。……誤解を与える表現かもしれないが、決して擬人化しろと言っているのではない。日本国憲法と大日本帝国憲法の禁断の恋物語について話したいのではないので、どうかわかってほしい。この大学で「六法全書」という言葉を使うと二つの意味があるということだ。


 一つは勿論、「法律」のことであり。ここまでは一般常識として存在する。けれど、……そうだな、……言い方としては、こうだ。

「そういえば、最近、六法全書がさ」

……そう言いだして少しだけ口角をあげて目を細める。こういうのは基本的には「侮蔑の表情」と言われる。日本の法律を? まさか。この大学が右翼団体の巣窟であるならばありえなくもないかもしれないがそうではない。そろそろ、わかっていただけただろうか?


  「六法全書」……それは、法学部に通う一人の女学生に対する、侮蔑と嘲笑と嫉妬と悪意に満ちた、ニックネームなのである。彼女を指差して、今日も誰かが笑いながらこう言うのだ。





「六法全書は、恋をしない」

更新日:2009-08-29 18:56:51

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