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開かれた心

 幸子は書き終えた書類をファイルにとじると、自分の手のひらをおでこにあて、しばらくじっと動かなかった。彼女の様子がいつもと違うのに気がついた正雄は、彼女の前に歩み寄り、言った。

「どうしたの?サッチャン。また熱でもあるの。でも、自分で手を当てても分からないよ」

「ええ、そうですか。自分では分からないですよね。ただ、なんか、最近ずっと体調がおかしいんですよ。ちょっと寒気がするし、喉が痛いし、身体がすごくだるくて」

「どれどれ」

 正雄は幸子の前髪をそっとよけてから、彼女のおでこに手を当ててみた。

「うーん。わからないな。ちょっといいかな」

 彼は両手で彼女の顔を包み込み、自分のおでこを彼女のおでこにつけてみた。

「何となく、熱がありそうなかんじだね。でも、ここでは気温が高いから、触診だと熱が分かりにくいのかもしれないね」

「ありがとうございます。とにかく病院へ行ってみます」

「そうしなよ。あれ、やっぱり熱があるよ。顔がすごく赤くなってきた。熱が急に上がってきたんだよ。寒気とか、強くなってきただろ?」

「そんなに寒気はひどくないですけど・・・。でもだるいです」

「とにかく、早く病院に行きな。もし、身体がきついようなら、俺も仕事を早めに切り上げて、運転して帰るから」

「ありがとうございます」彼女は席を立ち、荷物を片付け始めた。

「サッチャン、お大事にね」
 部屋を出る幸子にランは一言だけ言うと、自分の机の上のファイルを三冊持って、正雄の椅子の後ろの棚にしまうためにたちあがり、彼の横をすり抜けた。

 正雄が自分の席に戻り椅子に座った瞬間、彼の頭の上にファイルが三冊降って来た。

「あら、ごめんなさい。頭がちょっとフラフラしたの」ランの言葉にはとげがあった。

「ランも熱があるのかな。風邪が流行りだしたのかもしれない。君も帰って休んだほうがいいよ」

「ええ、私も今日はもう帰ります」

 不機嫌な表情で、ランはすぐに部屋を出た。
 ドアを閉め、自転車に乗ると彼女はつぶやいた。
「バカ!」

更新日:2011-08-09 11:24:17

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