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小説

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プロローグ 日本脱出

早朝の冷気の中、男がひとり歩いている。紺一色のジャンパーを着ている。どこにも絵や刺繍、エンブレムなどの類はない。
左の腕に小さなポケットだけがある。実用性だけを追求した上着である。ジャンパーに似合うジーパンは、かなり長年使っている様子で色落ちが激しく、薄いブルーになっている。裾はすでに少し擦り切れている。彼の背中にはあまり大きくはないリュックがある。
リュックの背にあたる周囲にはアルミのフレームがあり、上は彼の肩よりも出ることなく、下はちょうどズボンのベルトの位置にあたる。緑色をしたそのリュックは、上下の長さに不釣合いなほど横幅があり、さらに大きなポケットが左右についているので、後ろから彼の腕さえ見えはしない。
 米軍の背嚢を模して作られているが、小柄な彼には不恰好だ。中身はかなり重いのか、彼の一歩一歩は力強く確実に踏み出されている。
不思議なほどに靴音が響く。彼の耳には足が靴の中で動く音さえも響いている。周囲には動くもの、音を出すものが他には一つも無い。

 この男はゆっくりと歩きながら絶えず周りを見ている。 この数年間、夜明け前に起きた経験の無かった彼には、住み慣れた街並みが珍しげに映っているようだ。
あと数時間もすれば渋滞が始まる環状八号線に差し掛かかった。歩行者用の信号が青になるとすぐ横断歩道を渡り始めたが、突然道路の中央で立ち止まった。そこから東を眺めると空は薄らと明るくなり始めている。反対側に振り返ると、星がまだいくつも輝いている。
信号は点滅を始めたが、道路には車が一台も見えないので、彼は焦る様子も無くまたゆっくりと歩きだした。

 自分の足音が気になるかのように下を向きながら彼は歩いていたが、鼻を突く臭いに顔を上げた。
真夜中まで酔っ払いや客引きをする女性たちで賑わっている蒲田駅前の繁華街の早朝は、ごみ袋の山がいくつも作られており、人為的な光景とは対照的に、人の気配はまったない。
ほんの数百メートルしかないこの繁華街の通りを抜けるのに十字路は一つだけしかなく、そこまで来ると駅前のロータリーが見えてくる。正面の駅ビルを見据えた彼だが、生き物の気配を感じ、あたりに注意を払うと、

更新日:2011-08-05 14:38:20