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【二】

「ふわぁぁぁ~~~」
 盛夏の昼下がり、縁側で寝ていた蒼太が目を覚ました。大きなあくびをひとつすると、寝ぼけ眼で胸と脇を掻きむしる。
「おはようございます。って、もうお昼時を過ぎていますけどね」
「ああ。蘭慶先生。おはようございます…」
 ボンヤリとする頭を掻きむしりつつ、突如現れた背の高い医者に対し、取り立て驚く様子もなく軽く会釈をしてみせた。
 蘭慶もまた、この飄々とした風貌の『若先生』に、少年のような笑みを浮かべて応える。
「それはそうと、今日は勢馬くんはどうしたんですか? 見えないようですが」
 蘭慶は首を左右に振って、元気で活発な少年の姿を探した。
「知らねーよ。大方、里のガキたちのとこに遊びに行ってんじゃねーの?」
 未だ眠り覚めやらぬといった顔つきで、蒼太は気のない生返事をしてみせた。その様に、蘭慶は何も言わず、苦笑して肩をすくめた。

 齢十三歳になる蒼太の弟子、勢馬。
 孤児である勢馬を見つけ、剣士としての天賦を見た蘭慶が、天翔迅雷流を学ばせるべく蒼太の許に連れてきた。
 連れてきたときは、十にもならなかった子供であったが、いつの間にやら背丈は蒼太とそう変わらなくなるくらい、大きくなった。十三歳である。まだまだ背は伸びるであろう。
 いずれ抜かされる。
 生来身体が弱く、成人しても背もそれほど伸びなかった蒼太にしてみれば、勢馬の成長は正直うれしくなかった。自分より十二も年下の年端もいかぬ《小僧》に見下ろされるのは、どうにも気にくわない。
 しかも、やんちゃで礼儀知らずのこの弟子は、師匠である蒼太を、このことで小馬鹿にしているのだ。蒼太もまた、大人気なく反論するので、この二人の喧嘩は日常茶飯事である。
 だからといって、やめるだの破門にするだのという話には至らず、内容はほぼ子供の喧嘩。ただ、その喧嘩も内容は子供でも、実践は天翔迅雷流でのやりあい。結果として、必ず蒼太が勝つ。
 喧嘩だか修行だかわからないこのやりとりを、後見人である蘭慶はただただ半ば呆れて見守っているだけだった。
 それに、蘭慶も蒼太も知っていることがある。
 負けん気の強い勢馬は、自分より小さな師匠に負け続けるのが気に入らず、遊びに行く振りをしながら一人修行に明け暮れているということを。
 そのことについて、蘭慶も蒼太も口を挟まない。知らぬ振りを決め込んでいる。それが勢馬の成長に繋がっているから、と。
 だから、蒼太が『遊びに行っている』というのは、勢馬の自己鍛錬を意味している。蘭慶もそれと知ってはいるが、素直でない師弟のやりとりに、苦笑するしかなかった。

更新日:2009-06-17 10:53:07

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