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*** Chapter 17 侵入 ***

 三十階建ての病院は、壁を破壊しようと体当たりを繰り返す獣の衝撃で大きく揺れ動いていた。獣たちが衝突するたびに鈍い大音響が建物の壁を震わせた。
 院内は獣の襲撃が始まった段階で非常事態が敷かれ、使われることはまず無いと思われていた非常用の防護壁や防護扉が下層階を遮断した。
 すでにその時には外に避難することは危険でできなかった。そのため下層階の患者たちは上層階に移送された。その移送は今も続いていて、病室の外は喧噪(けんそう)に包まれていた。
 院内放送がひっきりなしに医師や看護師を呼び出していた。
 オナハの破壊状況を実際にその目で確認してきたロウは、今回の獣たちの攻撃力がオナハの災禍を引き起こした力より遥かに弱い事に気づいていた。
 報告液を再現水槽で見た立体映像の黒い獣の大きさより、病院を襲撃してきた獣は小さかった。たぶん半分以下の大きさだろう。
「案外、丈夫な造りだな」
 最上階に近い特別病室の窓から県府保安部の必死の活躍をロウは見下ろしていた。
 装甲車が来てからは、獣の数が目に見えて減った。
「大きさは質と量の関係か、な」
 突然、院内に警報音がけたたましく鳴り響いた。
 オウリが椅子から立ち上がった。
「侵入された」
 二人は廊下に飛び出した。
 看護師中央房に駆けつけて慌てふためいている看護師を捕まえた。
「何階だ。侵入したのは何階だ」
「十二階の小児病棟」
 二人は昇降機まで走った。四台の高層用の昇降機は遥か下層で動いていた。
 苛つく気持ちを抑えながらロウは呟いた。
「まだ、標的を特定できていないな。子供だと思っていやがる」
 オウリはその言葉を複雑な思いで聞いた。
「わたしは、まだ、こどもだ」
 恥ずかしそうに下を向いたオウリの顔をロウはのぞき込んだ。
「確かに」
 やっと到着した昇降機が扉を開けると、中から恐怖に怯えた子供たちが飛び出してきた。
「どこ行くの、こっちよ。さあ、ついてきて」
 転でばらばらに走り始めた子供たちを付き添ってきた看護師たちが捕まえて、まとめた。
「行こう」
 二人は入れ違いに昇降機に飛び乗った。十二階の表示板にロウが指を触れる。
 高速昇降機は見る間に表示板の数字を降順していった。
「子供というのは、ああいう輩さ」

更新日:2008-12-05 02:45:17

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