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*** Chapter 63 アドイへ ***

 最新型の飛翔機は高速でオウリたちをアドイに運んだ。途中で軍船の大規模な本隊に出くわしたが、低空を飛んで、他の飛翔機に紛れた。戒厳令違反を犯して飛び交う飛翔機は何処の空でも珍しくはなかった。
 アレダはともすれば恐怖に押しつぶされそうになった。その度に、隣の席のネイサが手を強く握ってくれた。ネイサの手の温かさがアレダの不安を癒やした。
 軍船の黒い機影は南西に向かっていた。
「ナボルに向かっているわ」
 ネイサの脳裏に父の面影が浮かんだ。ネイサの不安は前方ではなく後方にあった。
「大丈夫かしら」
 オナハに後ろ髪を引かれるのは肉親の居る、居ないに拘わらず機内の五人に共通した感慨だった。
「キルナ副府長はうまくやるよ」
 ロウがネイサを操縦席から慰めた。
「お父さんは、大丈夫だよ。保証する。王族たちは結構、能力(ちから)を持っている。それに、県保安部も大した軍隊だ。そして、あの巨大戦艦の飛翔速度の遅いことが何よりの救いだ。我々が王宮府について、ことを為し、オナハに戻っても、国軍はオナハに着くことはない」
「そうだといいわね」
 アドイの広大な町並みは雪に閉ざされていた。夕日が雪を赤く染め、都市は静寂に包まれていた。灯(とも)り始めたばかりの都市の光は雪の上で宝石となって輝きだした。昨夜から今朝に掛けて、歴史の大きな変動があったことなど微塵も感じさせない夕方の雪景色だった。
 それでも地上を穿(うが)って見れば、いつもと違っていた。音がなかった。動くものがなかった。脈動する都市の生命がなかった。隊列を組んだ軍隊が要所要所に展開し、非常事態宣言下にあることを生々しく物語っていた。
「お出(い)でなさった」
 ロウが操縦する飛翔機の前後、左右が執政局保安部の飛翔機に挟まれた。操縦席側の飛翔機の保安部員が親指を下に向けて降りるように合図をしていた。ロウが相手にわかるように大きく頷いた。

更新日:2008-12-26 23:29:57

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