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*** Chapter 53 戒厳令 ***

 雪の気配がオチス・ナプアを目覚めさせた。外の気配に音がなかった。彼の心が躍り始めた。急いで寝床を抜け出すと、雪の予感に期待を膨らませて窓掛けの隙間からオチスは外を覗いた。案の定、庭には雪が積もっていた。彼は浮き立つ気持ちを抑えきれずに厚手の窓掛けを大きく開いて、小さな手で曇りを拭った。
「雪だ。積もってる」
 夜が明け始めたばかりの薄い明るさの中で、庭は降り注ぐ雪で白く煙っていた。物凄い量の灰白色(かいはくしょく)の小さな雪の欠片(かけら)が、オチスの目の先を中空から瀑布のように流れ落ち、積もった雪の上に止めどなく降り注ぎ、庭の設(しつら)えを丸みを帯びた白い起伏で覆い隠していった。冬枯れの灌木(かんぼく)は枝の先まで小高く雪を載せて撓(たわ)み、時折重みに耐えきれなくなり、雪を落として跳ね上がった。オチスは暫くの間、降りしきる雪に見とれていたが、思い出したように姉のイソイを起こしに行った。
「姉ちゃん、雪だよ、雪」
 オチスは夜具の上からイソイを揺り動かした。
「何よ。何なのよ」
「姉ちゃん。雪が降ってるよ。たくさん積もってるよ」
「もう、今、何時よ」
「雪だってば。起きてよ」
 イソイは弟に更に身体を揺すられて、渋々起きあがった。棚の上の置き時計の青く滲んだ光を見て、彼女は弟に少しだけ怒って見せた。
「まだ、こんな時間なの。いい加減にしてよ。雪ぐらいで、本当に子供ね」
 怒ったもののイソイの気持ちも久しぶりに降った雪に囚われていた。窓掛けを大きく開いた。オチスが手の幅で拭った跡を幾筋も残した窓の外に、降りしきる大雪が早朝の薄明かりの中で白い景色を刻々と造り上げていた。
「凄い雪ね。きれい」
「姉ちゃん。早く、外で遊ぼう」
「ばかね。まだ、暗いじゃない。もう少し、寝たら、もっと積もっているわよ」
「ほんとう。じゃあ、もう少し寝る」
 オチスは夜具に潜り込んだ。目は窓を見ていた。
「目をつぶって、寝ないと、積もらないわよ」
 オチスは力を入れて目を閉じた。
「ばかな子」
「姉ちゃん」
「なに」
「おしっこ」
「早く、行ってらっしゃい」
 走って部屋を出て行ったオチスを見送ったイソイは何気なく映像再現水槽を点けた。
「目が覚めちゃったじゃなの。オチスの奴、覚えてなさいよ。雪まみれにしてやるんだから」

更新日:2008-12-13 02:43:50

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