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*** Chapter 43 帷幄の中 ***

 早朝に突然、再現水槽(さいげんすいそう)にラトリーが顔を見せた。イリネーの頭からはラトリーのことが四六時中(しろくじちゅう)離れなかった。世話係に起こされるまで、ラトリーの夢を見ていた彼は正夢に驚きながらも、王族の威厳(いげん)を保とうとしたが、彼を真っ直ぐに見詰める緑色の瞳の目の力にイリネーはたじろいだ。
「直ぐに、お会いしたい。朝食を共にいかがですか」
 思いがけないラトリーの誘いに、間髪(かんぱつ)を入れずにイリネーは部屋を飛び出した。
「明日、決行します」
「ご決心なされたか」
 人払いをされた二人だけの朝食だった。対面に座したラトリーは熱に浮かされたように上気して見えた。
「どこか、具合が悪いのでは」
「いえ、大丈夫です。気負っているだけです」
 昨夜あれだけの生命力を使ったはずなのにラトリーは疲れを感じていなかった。ズカネ神の顕現(けんげん)に目見(まみ)え、ズカネ神の力が自分に宿ったことを彼女は気付いていた。
「わたしも、同じ気持ちです。で、真王陛下は奏上(そうじょう)した計画書にお目を通されましたか」
「はい。ことの漏洩(ろうえい)を懼(おそ)れた父は、今日まで、執政局のどなたにも計画を明かしておりません。今日、午前中に執政局の主だった者たちを召集しております。その席で、父はズカネ神のご宣旨(せんし)と父の決心とセルラーチャ様のご計画を話します」
「執政局は真王陛下の意のままに」
「疑(うたが)ってはなりません。執政局は七十年の歳月をかけて父が執念(しゅうねん)を注(そそ)いできた父の手足です。父の意のままに動かずして、真理が成就(じょうじゅ)されることなどありません。それより、青の獅子団(ししだん)に手抜かりはないのですか」
「獅子団はこの後、緊急召集をかけます。すでに、八名はウォーニ王朝への参画の意を固めました」
「まだ、八名ですか」
 イリネーは青天(せいてん)の霹靂(へきれき)に身を晒(さら)されて、時の感覚を掴(つか)めずにいた。しかし、そのことを弁解するつもりはなかった。むしろ、彼の決心と忠誠心を示したかった。
「申し訳ありません。召集時には必ず、全員を味方に引き入れます。意趣(いしゅ)を転向(てんこう)せぬ者は切って捨てます」
「信じています」
「必ずに」
 イリネーはラトリーの緑色の瞳を力強く見詰めた。ラトリーは口許に笑みを浮かべ、小さく頷(うなず)いた。

更新日:2010-02-02 23:45:55

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