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蜻蛉

「今回の連中は短筒持って待ちかまえてるぜ。おめぇら殺られるなよ」
仲間達が集まった川辺の荒屋、夕暮れの薄暗さの中で主水が鋭い目線を投げかける。
壱はにやりと笑うと「おおこわっ…」と戯けた素振りを見せながらも、木箱に置かれた小判をつかみ取った。
加代もいつになく真剣な面もちで自分の分け前を手に取り、「あんた達もしっかりね」と言葉を残し荒屋を出ていく。
政が小判を取ろうと手を伸ばすと、冷ややかな笑みを唇に浮かべた竜と目が合った。
「じゃ、亥の刻にな……」
竜は政が取ろうとしていた小判を先にその手の中に納めると、いつものように平然とした態度で荒屋を後にした。
「相変わらずのあの無表情、彼奴は飛び道具が恐くねぇのかね」
壱の問いかけに、主水はふん…と鼻を鳴らすと「奴の考えてる事は解らねぇよ」と答える。
「先行くぜ」
主水と壱が順だって荒屋を出ていくと、政は残された小判を手に取った。

「恐くねぇのかね」
壱が発した言葉が政の脳裏に浮かぶ。
……と思い出したのは、とある日の竜との会話。
夜、珍しく竜が酒瓶を持って政の家を訪れ、二人で酒を酌み交わしていた時のこと。
「何故、人は命にすがりつくんだろう…」
竜がぽつりと呟く。
突拍子もないその言葉に、政は杯を口に運ぼうとしていた手を止めた。
どの顔をしてそんな事を言うのか、と竜の顔をのぞき込んでみれば相変わらずの無表情で…。
「おめぇ、何言ってる」
政が問いかけると、
「遅かれ早かれ、誰でも命は尽きる時が来るもんだ」
竜は冷めた目で政を見返し答える。
「おめぇだって、こんな裏家業をしてりゃ命なんて儚いもんだと解ってるだろ。何で生きようとしがみつく……?」
逆に竜に問いかけられ、政は
「みんなこの世に未練があるからだろ」
と不思議そうな顔をして言いながらやれやれ…と肩を竦める。
「未練…?なら八丁堀は?」
「家族…かな」
「壱は?」
「女」
「加代は?」
「…差詰め、金だろ…?」
矢継ぎ早にされる竜の問いかけに、目線を宙に漂わせながらも考え考え答える政。
その様子に、くすり…と竜の笑みが零れる。
「おめぇは…?」
いつの間にか表情が和らいだ竜に、今度は政が問いかけた。
…静かに目線を投げかけてきた竜と目が合い、しばしの沈黙が訪れる。
竜はふっ、と唇に笑みを浮かべると、床に直置きされた杯を手に取った。
「俺には未練を残すもんなんてねぇよ」
そのまま杯を口元に運ぶと残った酒を口に含む。こくりと竜の喉が動いた。
「政、そう言うおめぇは何に未練があるんだ…?」
竜の言葉に、政の目が見開かれる。
言葉に詰まり何と答えたら良いものか考えあぐねる政。
「まさか惚れた女だとか言わねぇだろうなぁ」
冷やかした瞬間、政の耳が赤く染まった。
竜はぷっと吹き出すと、杯を床に置き、政の顔をのぞき込む。
「おいおい、図星かよ」
更に冷やかされ、何も言えないでいる政を見て、竜がいつになく楽しげに笑い転げた。


2002/2/17記

更新日:2009-05-04 22:29:12

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