- 40 / 54 ページ
リンは物心付いた頃には既に両親とは別々に暮らしていた。一年の半分以上は首都ビネ・デル・ゼクセで過ごし残りの時間を両親と兄の住む地方の村で過ごした。彼女は幼いころから貴族としての教養と学問、それから魔法の訓練、いざという時自分の身を守れるようにと武術も学んだ。やることが多すぎてあっという間に時が過ぎていく。
ただそれは幼い彼女には楽しい時間の経ち方ではなくひたすら苦痛だった。それは主に彼女の養い親の性分にあった。
忙しない毎日に気を常に張り詰めていた。しかしリンの性質にはあののんびりとした空気の流れる穏やかな村の暮らしのほうが合っていた。
幼い頃から植えつけられていた観念よりも本能的な部分がそれを拒否するのだ。気を病むほど辛いと自分では思っていなくともそれはじわじわと彼女自身を蝕んでいく。
物静かな少女だと周りは称する。
物腰柔らかな優雅な振る舞いと微笑み、教え込まれたそれを浮かべていればそれで全てが済む。空の上のような興味のない会話に合わせる言葉など持たず口数の少なかった彼女はそのうちあまり社交的ではない内気な少女として位置づけられた。彼女の養い親は彼女の周りに人が寄ることを快く思っていなかったから、そんな彼女の性質が丁度良いと考えた。
リンは故郷の村へ滞在している間は難しい勉強からも訓練からも貴族間の柵も全てから解放され村の子供たちと同じように家の手伝いをしたり暗くなるまで泥だらけになって遊んだ。それはなんとも満たされた時間で、時が止まってしまえば良いのにと彼女は何度思ったことか。そうして夜就寝時になると彼女は首都に帰った後のことを思い寝られなくなるのだ。
そういうものだと教え込まれていたからそういうものだと思い込んでいた。
なんの迷いもなく、苦痛に思いつつもそれが自分のやるべきことなのだと納得している。だから誰も恨んだりはしていない。
けれど……やがて終わる休息を思うとただただ人恋しくなる。
訳のわからぬ物悲しさに包まれるのだ。リンは決して家族の前で帰りたくないと駄々をこねるようなことはしない。
けれど夜布団に入ると淋しさが襲ってきて寝付けない。
闇を纏うとどうして人はこんなにも気弱になってしまうのだろうか?
淋しさを連れてくる夜があたしは怖い。
そっと布団から脱け出すとリンは窓から真っ暗な地面へ降り立つ。彼女の目的地はそこから数メートルのところにあった。
誰にも言えないはずの不安も彼になら言えた。彼の前ではリンは良く泣いた。代わりに、みんなの前ではいつも笑顔でいた。それを彼は褒めてくれる。だからがんばれた。
闇に呑まれてしまう前に彼のところに行かなきゃ行けない気がした。
コツコツと控えめに窓を打つと静かに窓枠があがる。そうして訝しそうに眉を顰めたパーシヴァルが顔を出す。
皆が寝静まった村は物音ひとつ無く静かでどんな小さな声も響き渡ってしまうような気がした。
言いたいことがあるのにリンが何も言えずにいると彼はそっと手を差し出した。
「眠れないのか?」
耳元で囁く彼の声は心地好くてそれはリンを眠りに誘うには十分過ぎた。こくりと頷いたくせに繋いだ手から伝わる温もりにすぐにうっとりと彼女の瞼が閉じる。そのまま彼女の体はすぽっと彼の胸の中に落ちた。
リンは目を覚ますと布団の中でしっかりとパーシヴァルの腕を抱きしめていた。彼はそんなリンを見守るようにずっと起きていたのだ。眠たそうな顔で彼女をじっと見つめていた。
外はまだ暗かった。今帰ればまだ誰にも気づかれない。
「ありがとう……もう大丈夫だよ」
リンがそう言うとパーシヴァルはおでこにキスしてくれる。まだ朝は遠いからよく眠れますようにと。おまじないだと彼は言った。
そうして出来たパーシヴァルとの共有の秘密は少しだけ彼女の心を軽くした。夜が怖くなくなった。眠れない時は彼のところへ行く。そうすると何故かあっという間に睡魔がやってくる。少しの間彼の温もりに包まれて自分の部屋へ戻れば今度はその温もりを抱いて眠る。そうすればリンはもう夜が怖いとは思わなくなった。
ただそれは幼い彼女には楽しい時間の経ち方ではなくひたすら苦痛だった。それは主に彼女の養い親の性分にあった。
忙しない毎日に気を常に張り詰めていた。しかしリンの性質にはあののんびりとした空気の流れる穏やかな村の暮らしのほうが合っていた。
幼い頃から植えつけられていた観念よりも本能的な部分がそれを拒否するのだ。気を病むほど辛いと自分では思っていなくともそれはじわじわと彼女自身を蝕んでいく。
物静かな少女だと周りは称する。
物腰柔らかな優雅な振る舞いと微笑み、教え込まれたそれを浮かべていればそれで全てが済む。空の上のような興味のない会話に合わせる言葉など持たず口数の少なかった彼女はそのうちあまり社交的ではない内気な少女として位置づけられた。彼女の養い親は彼女の周りに人が寄ることを快く思っていなかったから、そんな彼女の性質が丁度良いと考えた。
リンは故郷の村へ滞在している間は難しい勉強からも訓練からも貴族間の柵も全てから解放され村の子供たちと同じように家の手伝いをしたり暗くなるまで泥だらけになって遊んだ。それはなんとも満たされた時間で、時が止まってしまえば良いのにと彼女は何度思ったことか。そうして夜就寝時になると彼女は首都に帰った後のことを思い寝られなくなるのだ。
そういうものだと教え込まれていたからそういうものだと思い込んでいた。
なんの迷いもなく、苦痛に思いつつもそれが自分のやるべきことなのだと納得している。だから誰も恨んだりはしていない。
けれど……やがて終わる休息を思うとただただ人恋しくなる。
訳のわからぬ物悲しさに包まれるのだ。リンは決して家族の前で帰りたくないと駄々をこねるようなことはしない。
けれど夜布団に入ると淋しさが襲ってきて寝付けない。
闇を纏うとどうして人はこんなにも気弱になってしまうのだろうか?
淋しさを連れてくる夜があたしは怖い。
そっと布団から脱け出すとリンは窓から真っ暗な地面へ降り立つ。彼女の目的地はそこから数メートルのところにあった。
誰にも言えないはずの不安も彼になら言えた。彼の前ではリンは良く泣いた。代わりに、みんなの前ではいつも笑顔でいた。それを彼は褒めてくれる。だからがんばれた。
闇に呑まれてしまう前に彼のところに行かなきゃ行けない気がした。
コツコツと控えめに窓を打つと静かに窓枠があがる。そうして訝しそうに眉を顰めたパーシヴァルが顔を出す。
皆が寝静まった村は物音ひとつ無く静かでどんな小さな声も響き渡ってしまうような気がした。
言いたいことがあるのにリンが何も言えずにいると彼はそっと手を差し出した。
「眠れないのか?」
耳元で囁く彼の声は心地好くてそれはリンを眠りに誘うには十分過ぎた。こくりと頷いたくせに繋いだ手から伝わる温もりにすぐにうっとりと彼女の瞼が閉じる。そのまま彼女の体はすぽっと彼の胸の中に落ちた。
リンは目を覚ますと布団の中でしっかりとパーシヴァルの腕を抱きしめていた。彼はそんなリンを見守るようにずっと起きていたのだ。眠たそうな顔で彼女をじっと見つめていた。
外はまだ暗かった。今帰ればまだ誰にも気づかれない。
「ありがとう……もう大丈夫だよ」
リンがそう言うとパーシヴァルはおでこにキスしてくれる。まだ朝は遠いからよく眠れますようにと。おまじないだと彼は言った。
そうして出来たパーシヴァルとの共有の秘密は少しだけ彼女の心を軽くした。夜が怖くなくなった。眠れない時は彼のところへ行く。そうすると何故かあっという間に睡魔がやってくる。少しの間彼の温もりに包まれて自分の部屋へ戻れば今度はその温もりを抱いて眠る。そうすればリンはもう夜が怖いとは思わなくなった。
更新日:2009-05-14 21:04:03