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幸せのビニール靴。


 
 
結婚して他に家庭を構えたりして
別々に生活している家族が勢揃いするときがある。

お盆や正月ばかりではなく
実家に残っている家族の誰かが結婚式をあげるとき……

そんなときも その前日あたりから
家族みんなが実家に集まったりするものだ。


私の結婚式のときもそうだった。


その前日 別に暮らしている姉二人が
それぞれの家族と共に実家に帰って来ていた。


両親・すぐ上の姉・その上の二人の姉たち。
その旦那さんや娘たちまで入れると 総勢十一人。 
我が家に 最高に身内が集まった日になった。


両親はいつも通りに床につき
娘たちみんなは 夜遅くまで思い出話に花が咲く。



そんなとき……

下町の静かな路地裏に
少し遠慮がちに聞こえてきたラッパの音。

それは 流しの屋台ラーメンのチャルメラの音だった。


表の通りを流しているとは知っていた。

こんな裏にも入ってくるとは思ってなかったが
なぜか あのチャルメラを聞くと心が温まる不思議な魅力がある。


「ねぇ! 食べようか」


そう言い出したのは 二番目の姉だった。
気が強くて 火事と喧嘩が大好きな
家族の中でも一番 チャキチャキの江戸っ子気質を持つ。


他の家族が返事をする暇もなく
姉はサンダルを履いて玄関を飛び出し 屋台を呼び止めに行った。


「ラーメン頼んだよ」

「家の中で食べようよ」

「何言ってんのよ。ああいうものは外で食べるから美味しいんじゃない」


なんとも姉らしい言葉が返ってきた。


私たちはそれぞれ上に着る物を羽織ったりして
玄関にあるサンダルや靴を履いて外に出た。

姉は まとめて払うからと言って
財布を手に 一番最後に屋台のそばに来る。


姉の歩く足音が変なことに気づいた私は その足元を見てびっくりした。



「ちょっと…… 何でそんなの履いてきたのよ!」


私が笑いながら言うと みんなで一斉に姉の足元を見た。


みんなの目が釘付けになったその足が履いていたのは
風呂場で掃除のときに履く あのビニール製のブーツだったのだ。


一瞬言葉がなくなった後に みんなで大笑いになった。


「だって―― みんなが出ていった後に何履くものが残ってなかったのよ」

「だからって何でそれなのよ――」

「玄関の隅に立てかけてあったのがこれでさ。これしかなかったんだもん」


普段から何も飾らない 姉らしい行動だ。
この人にしか こんな行動はできないんじゃないか……

私はそんな姉が ずっと昔から憧れの人でもあったことを思い出した。


出来上がったラーメンは 取り立てて美味しいと絶賛するほどでもなかったが
そのアツアツを外で食べる雰囲気で 何だかとても素敵な食べ物と変わる。


チャルメラの温かい雰囲気よりも

みんなで 外で大笑いしながら食べた屋台のラーメンが
かけがえのない『温かさ』を感じるものとなった。


結婚式の前夜……

きっと私だけが特別に その温かい心地よさを
しみじみと感じていたかもしれない夜だった。 


 

更新日:2009-04-02 19:07:32

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