• 479 / 574 ページ
 その声は、実際には耳に入っていない。
けれど、口元が動くと同時に、足挫婆さんの表情が緩んだ感じがしたからだ。

“ 今、足挫婆さんの雰囲気、変わった気がするけど・・・・?”

俺は、

“ 何かな・・・?”

と足挫婆さんの顔を見る。
 すると、足挫婆さんの動きは、さらに激しくなった。
足挫婆さんは、

「 ウホッ!?」

と指差し、

「 ウホッ!?」

と指差し、

「 ウホッ!?」

と指差し、頻りに俺の頭に注意を促す。
 俺は足挫婆さんの顔から眼を離さずに、警戒しつつ視線だけを遠くして窓ガラスに映った自分を見る。

「 あっ!?」

俺の頭のテッペン、そこには垂れ目の模様のついた蛾が、リボンの様に貼り付いていた。

「 あ、コイツ、こんなところにいたか・・・・。」

垂れ目は時々、バタバタバタと羽搏いている。

“ 足挫婆さんは、これが気になっていたのか・・・・。”

一応俺も意識の片隅に、どこかにいるだろうな、とは思ってはいた。

“ コイツ背中の方から、登って来たのかな・・・?
俺の眼に触れないところをウロウロ、ウロウロして・・・・。”

しかし、毒蛾かも知れないので、少なくとも触りたくない。

“ 振り払うのも、あれだしなァ・・・・。”

足挫婆さんは相変わらず、指を前後にピストン運動させ、

「 ウホッ、ウホッ、ウホッ、ウホッ!?」

と、俺の頭のてっぺんを狙って煩い。

“ ああ・・・、もう、何をどうしろと言うんだろ・・・・?”

視線を遠ざければ、小型のモスラを頭に乗っけた、困惑した俺のアホ面がガラス窓に浮かび上がって見える。
 俺は足挫婆さんと自分の顔を交互に見ながら、

“ ああ・・、俺って一体何をやってるんだろ・・。”

と深く人生の無常を感じ始めた。
 深夜の病院の非常階段でガラス窓を挟んで、俺と足挫婆さんが対峙することに何の意味があるというのだ。

“ これって、まったくの、ぱあ~じゃんか!”

それで俺は両手を顔の両横に拡げ、ウーパールーパーの様なつぶらな瞳で、

「 ぱあ~~~~~~~っ!」

と、足挫婆さんに言ってみた。
 すると足挫婆さんは、

「 ぱあ、ぱあ、ぱあ、ぱあ!」

と笑った。
ぱあの四乗である。







更新日:2017-02-27 23:11:22

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook