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2 つまりお互い初研修


「…なんだってあそこでああいうんだ。
いいか、だれでもそうだってわけじゃないが、
あのタイプのときは、
まず相手の言うことを
全部聞いてやらなくちゃいけないんだ。」

「だって全部きいてたら
俺たちが悪い詐欺師だって
客の言い分を
認めることになるじゃないですか!」

「そうじゃない、佐和、
いいか、勿論
反論はする。
でも反論するのは、
全部相手のいうことを全部聞いてからだ。

理由は二つだ、
一つは、
あのタイプは言い分をきいてやると
それだけで少し満足する、
満足させたほうが、物わかりがいいから。
二つ目は、
全部言い分を聞かないと、
ひっくり返すときに揚げ足をとられて終るかもしれないからだ。
今日みたいにな!

気が短すぎるんだお前は!
客を一人逃したら
幾らの損失だと思う?!

新規の客だといったって
ここまでこぎつけるのに
手間がかかってるんだ!

手間がかかってるっていうのは
金がかかってるっていうのと
同じことなんだぞ!!」

「…」

佐和がだまって下を向いてしまった。

「…納得できないのか?」

「…」

俺の顔も見ない。

…納得できないというより
落ち込んだといったようすだった。

最初のころはこんなミス、だれでもある。
俺だってあった。

気にするほどのことでもない。
そもそも佐和が悪いわけじゃないのだ。
向こうが大人げないのだ。

だが売りつける側としては
どっちが正しかろうと
買う側を良い気にさせなきゃいけない。
それだけのことなのだ。

だから次回からやらなきゃそれでいいのだ。


佐和は地味に可愛いし、
客は佐和の可愛さに一度気がつくと
できたばかりの名刺を妙に欲しがった。
2度目からは俺をさしおいて
佐和くん佐和くんと言い出す。
営業としては稀な長所の持ち主だ。


…無駄なプライドの高さと
打たれ弱いのが欠点だった。


池畑が近寄ってきて
うなだれている佐和の前に
缶コーヒーを置いていった。

俺はため息をついて缶を開けてやり、

「飲め」

と手に持たせると、佐和のそばを離れた。


更新日:2009-03-29 18:39:45

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