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序章

挿絵 800*600

 リザード市は、イングランド島西端コンウォール半島に位置している。そこには大西洋を臨んだ岬にゴシック風の城館リザード城がある。麓の市街地から城館にたどり着くには少し坂道を登らなければならない。
 坂道を、自転車を押した郵便配達員が行き、やがて頂きにたどりついた。頂は城壁に囲まれており、内部にはいるには、北門か南門のいずれかを通らねばならない。郵便配達員が、峻厳な北門をくぐると、意表をつくかのように華やかな薔薇園となり、そこを左に曲がったところにある北館へと歩いて行った。
 リザード城の郭(くるわ)は、薔薇園を中心に、西にたたずむ本館と、北門・南門に隣接した南北の別館が存在する。郵便配達員が、北館にある執務室の扉をノックすると、燕尾服を着た初老の人物が現れた。
「ご機嫌よう家宰(かさい)さん、お手紙ですよ」
 郵便配達員はそういって封書を初老の男に手渡すと、自転車に乗って、もときた坂道をくだっていった。初老の男は受け取った封書の宛名と差出人を指でなぞって読んでみた。
 ----姫様宛だ。ほお、シルフィー航空株式会社か……。
 そう呟くと、家宰は杖をついて本館へと向かった。
 扉を開けた途端、甘い紅茶の香りが漂ってくる。部屋は、おびただしい蔵書を収めた広間となっており、テーブルの上には、古代の壺、大理石の彫刻、青銅剣、それに開かれた数冊のノートが置かれていた。そこがその人の研究室となっている。研究室のもっとも奥には大きな事務机があり。手前にはソファとテーブルの応接セットがある。
「飛行船のチケットですね。いま紅茶をいれたところです。どうぞおかけください」
 古風なドレスに身を包み黄金の髪を後ろに結った若い貴婦人が、銀ポットから、二つのティーカップに琥珀色の液体を注いでいる。
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 ----私はリザード伯爵セシル家の家宰スイーツマン・ウルフレザー。リザード伯爵家は、チューダー朝から続く古い家柄でしてな、他家とは少しばかり違ういい回しをすることもあるが、そこのところはご容赦されたい。伯爵様を御屋形様(おやかたさま)、伯爵令嬢を姫様、そして執事長のことを家宰(かさい)と呼ぶのが習わし。当家には自慢の姫様がいらっしゃる。
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 ザ・ライト・オノラブル・レディー・シナモン・セシル・オブ・リザード
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 十八歳。いずれはリザード伯爵家を継いで伯爵夫人となられる。職業は考古学者、あだ名は〈コンウォールの才媛〉。聡明で優雅、そしてお茶目なところもある方だ。
 では、姫様の物語を始めるとしよう……。

更新日:2009-12-19 15:30:18

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