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小説

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オンの記録

虫の鳴き声が聞こえる穏やかな夜。
積み上げたバスタオルを抱えた双葉が薄暗い廊下を歩いていた。
完全に気の抜けた顔であり、大口を開けてあくびをすることも。
しかし外の木々に貼り付けた式神で影を感知した途端、表情を一変させて立ち止まった。

「裏庭に侵入したか。大きさからして小動物の類いだな」

すぐに興味をなくして歩き出す。
洗面所に着くなり、ノックせずがらりと戸を開けた。
洗面台の前には浴衣姿の葛の葉が。
隣のバスルームからは賑やかな声に混じってシャワー音が聞こえていた。

「葛の葉さんだけか。相変わらず長風呂だな」

双葉は戸を閉めつつ息を吐く。
バスルームの入り口付近にあるランドリーバスケットにバスタオルを放り込んだ。
手ぶらになるや伸びをする。

「あなたも相変わらずですね。
 開ける前に一言断っていただきたいものです」

「そりゃすまん」

「気持ちがこもっていませんね」

「そんなこたぁない」

「そうですか。改善する意志があるのでしたら、あなたの部屋に並べられた危険物を蔵に移してくださいまし。
 凛にもしものことが起こる前に」

凛の名を出されて双葉は口籠る。

対する葛の葉は平然とバスタオルを手に取り、バスルームの入り口に近寄った。
すでにシャワー音が止まり、出て来る気配を感じ取る。

「姐さーん、開けるよー」

言うや否や浴室ドアを開け、明美が姿を現した。
葛の葉がバスタオルを三枚手渡せば、後ろにいた真希と凛にも行き渡る。
身体を拭いて順々に洗面所に出た。

「そんじゃ、一旦閉めるよー」

明美が言葉通りに浴室ドアを閉めれば、バスルーム内で水気を切る音が。
浴室ドアにも水がかかる。
程なくして浴室ドアが開かれ、水を滴らせた双枝が現れた。
葛の葉が恭しく差し出すバスタオルを手に取り、バスマットの上で身体を拭いていく。
その間に葛の葉が濡れた尻尾を拭いていった。

「毎度手間がかかるよなぁ。
 明日から講義あるってのに、尻尾生えたままで大丈夫か?」

あくび混じりに双葉が問うた。
見ているだけで手伝わず。

「大丈夫、変化できるようになったから」

「マジかよ。それじゃまんま化け狐だな。
 幻視のお札を節約できんのはいいけどさ」

次の瞬間、双葉の上半身は濡れた尻尾に締め上げられた。

「抜かしおる。とはいえ、認めざるを得ぬな。
 民に親しまれる名を考えねば」

双枝の口を借りて稲荷神が言った。
締めつける力を一層強める。

「殺す気か」

「双枝にその気はなかろう。単に怯えておるだけじゃ」

「はぁ? 怯えるだぁ?」

双葉は素っ頓狂な声を上げていた。
影を感知した瞬間が不意に脳裏を過る。

「ネコか!」

正体に気づいて再び声を上げた。

急に緩んで解放されることに。
さらには廊下に押し出され、洗面所から閉め出された。
しんと静まり返る。

「わたしにどうにかしろってか」

双葉はため息を吐いたものの、一人玄関に向かうのだった。
靴を履き始めるや後ろから足音が。
葛の葉が追いつき、下駄を履いてともに外に出た。

「裏庭にいるようですね」

「わかるのか?」

「先程から鳴き声が。この隔たりでは、人の耳には聞こえぬようですね」

そう言って葛の葉は立ち止まり、双葉を一瞥してから足下に目を落とす。
地面に点々と続く血痕を目で追っていった。

「なるほど、縁の下に潜り込んだのか」

理解した双葉は縁側に歩み寄り、鳴き声を頼りに覗き込んだ。
暗がりにぼんやりとしたネコの輪郭が。
式神を発火させてみれば、背中を向けた五匹の子ネコが照らし出される。
その奥に横たわる影があり、正体に気づかされて双葉の顔が強張った。

更新日:2017-04-18 12:53:36