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小説

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「んー! 」
 長谷山菜子(はせやま さいこ)は、今日越してきたばかりのアパートの天井に両の拳を突き上げ、大きく伸びをひとつ。
 そのまま腕は下ろさず、拳をパッと開き、
「終わったっ! 」
バンザイポーズ。
 もうそんなに若くもないので体力は落ちてきているが、代わりに手際というものは良くなり、今朝10時頃から荷物の搬入を始め、現在の時刻は夕方5時。日の暮れる前に、一応は片付いた。
 小さく息を吐きつつ腕を下ろし、南向きのベランダのほうへと歩いて、5月上旬並みと暖かだったため開けっ放しにしておいた窓を閉める。実際には4月の頭である今現在、夕方になると、さすがに冷える。
 窓の外、ベランダの手摺の向こうは、緑の多い公園。遊んでいた子供たちが帰り静まり返った中、早くも外灯が点った。
 それを穏やかな表情で眺める彼に歩み寄りながら、菜子、
「夕飯、何にしよっかー? 疲れたし、ピザでも頼んで済ませていいよね? 」
「……」
 彼が全くの無反応なために大きな独り言となった台詞を幸せの吐息で消化し、菜子は、彼のすぐ隣に立って、その端正な横顔を、そっと盗み見る。
(…これから、ここで、新しい生活が始まるんだ……)
 職場まで2駅の最寄駅へ徒歩5分。近所にはコンビニも大手スーパーマーケットの支店もあり買物便利。築年数はそこそこ古いが、耐震補強・ガッツリリフォーム済の小洒落た2DK、3階建アパートの2階。……と、好条件のこの物件の気になる家賃は、共益費と使わないが駐車場1台込みで、驚きの3万円! しかもインターネット無料!!!
(…でも、そんなことよりも、何よりも……)
 菜子は盗み見をやめ、覗き込むような格好で正面から彼を見つめた。
「これからヨロシクね! ユウ君っ! 仲良くしようねっ! 」
 言ってしまってから、両手で口を押さえる。あらためて口に出して言ってみたら、何だかとても照れくさかったのだ。
 ユウ君、と呼ばれた彼は、非常に驚いた様子で目を見開き、凍りつく。ややして、1歩、2歩と後退。
「どうしたの? ユウ君? 」
 ユウ君が退がったのに合わせ、心配して、1歩、2歩と進む菜子。それに合わせ、ユウ君のほうも更に1歩、2歩と後退る。
 菜子は両の腕を伸ばしてガシッとユウ君の手を掴まえた。
 ユウ君は酷く怯えて振り解こうとするが、解けない。
「ごっごめんなさい! 許してくださいっ! 」
 悲鳴のような声をあげるユウ君。
「ユウ君? 」
 至近距離から、その目を覗く菜子。
「だ、大体、『ユウ君』って、だ、誰ですかっ!? 」
「え? 幽霊だから『ユウ君』」
「は? はあっ? 」
「ダメ? じゃあ『レイ君』」
「かっ勘弁して下さいよっ! 」
 必死で手を解き、ユウ君は回れ右。駆けだして、玄関から飛び出していった。
(…ユウ君……)
 取り残されて、菜子は途方に暮れる。
(逃げられ、ちゃった……? )
 この部屋を選んだ決め手は、ユウ君の存在だったのに、と。

                     *

 でもね、ユウ君、戻ってきてくれたんです!
 飛び出していった、ほんの15分後、気不味そうに、
「やっぱり、ここにいさせてもらっていいですか? なんか、外、怖くって……」
 菜子は嬉しくて、ユウ君の言葉も半ばにウンウンと頷く。
「戻ってきてくれてありがとう! ここなら安全だから! わたしが守るから! ずっと、仲良くしようねっ! 」
 ユウ君は、自分より背の低い菜子に対して上目づかいになって、はにかんだように笑んだ。


                    (終)


更新日:2017-03-12 20:56:58

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