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2 Fear
カーテンの隙間から差し込んで来た陽の光に照らされて、目が覚めた。
10時になろうとしている時計を見て、随分とたくさん寝たのだな、と驚く。初めての場所で、無防備なものだと自分に呆れるが、こんなに心地よい場所を、ヨンジェは他に知らない。
起き上がる時、身体が軋むように痛んだ。だが、気分は悪くない。目覚めも良い。
カーテンを全開にして、夏の高い青空を眺める。
昨夜の温もりは幻だったのだろうか。デヒョンはどうして、得体が知れないはずの自分に優しくしてくれるのだろう。
昨夜の温もりを覚えていた。優しい言葉も忘れない。偽りのない明るい心の聲に、深く安心したことを思い返して、ヨンジェはまた涙を流した。
1階に降りていく。リビングには誰もいなかった。どこにいるのだろうと意識を澄まして探してみると、あるドアの向こう側にヨングクがいるとわかった。近づくと微かに音楽が聞こえてくる。作曲家だと聞いていたので、ここが作業部屋なのだろう。仕事をしているのなら、邪魔してはいけない。だが、他人の家で勝手に食べ物を漁ってもいいものか悩む。
どうしようかな、とキッチンで立ち竦んでいると、ヨングクが部屋から出てきた。マグカップを持っている。ヨンジェに気付くと、笑顔を見せてくれた。
「おはよう。よく眠れた? 俺、仕事しなきゃいけないから、飯はテキトーに食べて。冷蔵庫の中、何でもいいよ」
「あ…あの…」
「悪いね。昼には終わるから、自由にしてて」
返事を期待した様子もなく、ヨングクは朝、コーヒーメーカーでたっぷり作り置きしておいたコーヒーをカップに注いだ。欠伸をして一口飲む。昼までに仕上げなければならない曲があるらしい。昨夜も3時間程しか寝ていないという。
作業室に引き上げる家主の背中を見送る。ヨンジェは再び1人リビングに取り残されそうになり、思い切って声を出した。
「あの!」
驚いてヨングクが振り返る。心では、何を言われるのか、驚いただけでなく、恐れていた。
「泊めていただいて、ありがとうございます…。あの、それから、手当も…ありがとうございました」
頭を下げてそう言うと、ヨングクの雰囲気がふっと柔らかくなった。顔を見るととても優しい笑顔でだった。彼は片手だけで応えて、部屋に入った。
ヨンジェはホッとした。気持ちが通じて、嬉しかった。礼も言えた。
それにしても、自由にしていいと言われても、困惑してしまう。とりあえず手近にあったカップでサーバーの水を飲み、冷蔵庫を開ける。無造作に突っ込まれた食パンがあったので、それをトースターで焼く。コーヒーもカップに注ぐ。
食べ終わると、何もすることがない。ソファに移り、テレビをつけてみる。騒がしさに慣れることができないまま、チャンネルを変えて行くとニュース番組になった。海水浴場が賑わっているという話題を何気なく見ていた。だが、「ミュータント」という単語が出てきて、ヨンジェは咄嗟にテレビを消した。
本人が見ないようにしたところで、世間にそのニュースが流布していることに変わりはないのだが、否が応でも考えてしまう。
ここにいるべきではない、と。
「ここにいていい」と言ってくれたのは、デヒョンだけで、ヨングクは反対はしていないものの、ヨンジェの存在に戸惑っていることは間違いない。まだ恐れを抱いているのだから。
ここを出て、行く宛てなど今もない。また昨日までの2日間を繰り返さなければならない、という想像に、ヨンジェの足は竦む。
だが、もしも…。今もって見つからない状況に業を煮やし、研究所が追手を差し向けたとしたら…。
追手はきっと、あの子だ。きっと、志願するだろうから。
ヨンジェは震えて、ますますここにいるべきではない、という考えを強く持つ。
手首が、身体が痛む。心も締め付けられるように、苦しくなる。それでも、優しくしてくれた分、暖かく一晩匿ってくれた分、「迷惑をかけない」方を選ぼうと思った。
自分の服はどこだろう。それに着替えよう。もう少し食べた方が良いだろう。だけど、なんだか食い逃げみたいだ。何も言わずに、黙って出ていくのは、義理に欠けるような気がするが、仕方がない。
2階に上がり、服を探す。サンルームを見つけて入ると、予想通り洗濯物が干してあった。ヨンジェの服もあり、すでに乾いていた。
着替えて1階に降りる。
ヨングクがいる部屋の前で、ヨンジェはノックをしようか少し迷う。迷って、止めた。書き置きをしようと思って紙とペンを探すも、すぐに見つからないから、これも、迷って、止めた。
時計は11時を回った。
ヨンジェは足音を立てないように、静かに歩く。玄関のドアをゆっくりと静かに開けた。
眩しい光に目を細める。外は、どこまでも明るく、暑く、ヨンジェは怯んでしまう。「さよなら」を言えなかったな、と思う。
それでも、外に出た。
10時になろうとしている時計を見て、随分とたくさん寝たのだな、と驚く。初めての場所で、無防備なものだと自分に呆れるが、こんなに心地よい場所を、ヨンジェは他に知らない。
起き上がる時、身体が軋むように痛んだ。だが、気分は悪くない。目覚めも良い。
カーテンを全開にして、夏の高い青空を眺める。
昨夜の温もりは幻だったのだろうか。デヒョンはどうして、得体が知れないはずの自分に優しくしてくれるのだろう。
昨夜の温もりを覚えていた。優しい言葉も忘れない。偽りのない明るい心の聲に、深く安心したことを思い返して、ヨンジェはまた涙を流した。
1階に降りていく。リビングには誰もいなかった。どこにいるのだろうと意識を澄まして探してみると、あるドアの向こう側にヨングクがいるとわかった。近づくと微かに音楽が聞こえてくる。作曲家だと聞いていたので、ここが作業部屋なのだろう。仕事をしているのなら、邪魔してはいけない。だが、他人の家で勝手に食べ物を漁ってもいいものか悩む。
どうしようかな、とキッチンで立ち竦んでいると、ヨングクが部屋から出てきた。マグカップを持っている。ヨンジェに気付くと、笑顔を見せてくれた。
「おはよう。よく眠れた? 俺、仕事しなきゃいけないから、飯はテキトーに食べて。冷蔵庫の中、何でもいいよ」
「あ…あの…」
「悪いね。昼には終わるから、自由にしてて」
返事を期待した様子もなく、ヨングクは朝、コーヒーメーカーでたっぷり作り置きしておいたコーヒーをカップに注いだ。欠伸をして一口飲む。昼までに仕上げなければならない曲があるらしい。昨夜も3時間程しか寝ていないという。
作業室に引き上げる家主の背中を見送る。ヨンジェは再び1人リビングに取り残されそうになり、思い切って声を出した。
「あの!」
驚いてヨングクが振り返る。心では、何を言われるのか、驚いただけでなく、恐れていた。
「泊めていただいて、ありがとうございます…。あの、それから、手当も…ありがとうございました」
頭を下げてそう言うと、ヨングクの雰囲気がふっと柔らかくなった。顔を見るととても優しい笑顔でだった。彼は片手だけで応えて、部屋に入った。
ヨンジェはホッとした。気持ちが通じて、嬉しかった。礼も言えた。
それにしても、自由にしていいと言われても、困惑してしまう。とりあえず手近にあったカップでサーバーの水を飲み、冷蔵庫を開ける。無造作に突っ込まれた食パンがあったので、それをトースターで焼く。コーヒーもカップに注ぐ。
食べ終わると、何もすることがない。ソファに移り、テレビをつけてみる。騒がしさに慣れることができないまま、チャンネルを変えて行くとニュース番組になった。海水浴場が賑わっているという話題を何気なく見ていた。だが、「ミュータント」という単語が出てきて、ヨンジェは咄嗟にテレビを消した。
本人が見ないようにしたところで、世間にそのニュースが流布していることに変わりはないのだが、否が応でも考えてしまう。
ここにいるべきではない、と。
「ここにいていい」と言ってくれたのは、デヒョンだけで、ヨングクは反対はしていないものの、ヨンジェの存在に戸惑っていることは間違いない。まだ恐れを抱いているのだから。
ここを出て、行く宛てなど今もない。また昨日までの2日間を繰り返さなければならない、という想像に、ヨンジェの足は竦む。
だが、もしも…。今もって見つからない状況に業を煮やし、研究所が追手を差し向けたとしたら…。
追手はきっと、あの子だ。きっと、志願するだろうから。
ヨンジェは震えて、ますますここにいるべきではない、という考えを強く持つ。
手首が、身体が痛む。心も締め付けられるように、苦しくなる。それでも、優しくしてくれた分、暖かく一晩匿ってくれた分、「迷惑をかけない」方を選ぼうと思った。
自分の服はどこだろう。それに着替えよう。もう少し食べた方が良いだろう。だけど、なんだか食い逃げみたいだ。何も言わずに、黙って出ていくのは、義理に欠けるような気がするが、仕方がない。
2階に上がり、服を探す。サンルームを見つけて入ると、予想通り洗濯物が干してあった。ヨンジェの服もあり、すでに乾いていた。
着替えて1階に降りる。
ヨングクがいる部屋の前で、ヨンジェはノックをしようか少し迷う。迷って、止めた。書き置きをしようと思って紙とペンを探すも、すぐに見つからないから、これも、迷って、止めた。
時計は11時を回った。
ヨンジェは足音を立てないように、静かに歩く。玄関のドアをゆっくりと静かに開けた。
眩しい光に目を細める。外は、どこまでも明るく、暑く、ヨンジェは怯んでしまう。「さよなら」を言えなかったな、と思う。
それでも、外に出た。
更新日:2016-12-20 17:12:57