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そこへ金色の髪に光をたたえて彼女が部屋に入って来た。
その場の異様な雰囲気に立ちすくんでいる。

奴は、今日17回目の通しで弾く第2楽章の嵐のようなコーダを終えたところで、彼女の姿に気づいた。

途端に顔色が変わり、彼女をしばらく見つめている。

僕は、その顔を忘れられない。
愛する女を見出した男が見せる、ある共通の表情だ。

時間が止まる。

奴が駆け寄っていくのではないかと思った次の瞬間、奴の顔は苦悶にゆがみ、振り返って、
「イザーク、今日はもう終わりだ。」と言った。
「でも、ベートーヴェンも練習しないと…」と返すのをさえぎって、奴は、
「セ・フィニ!(終わりだ)」と、フランス語で言い放って一人で部屋を出て行った。


更新日:2016-07-14 22:09:07

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ダーヴィト・ラッセン回顧録 オルフェウスの窓ss Op.5