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第18話bis 白夜の思い出<母の回想>~フォーレソナタ1番



夫がサンクト・ペテルスブルクに行くという。わたくしも同行する。

初めて行く土地。
列車の車窓にこれまで見たことのない土地の景色が流れていく。
一面のひまわり畑。
真っ黄色のひまわりが同じ方向を向いて風に揺れている。

結婚して数か月が経った。夫は、いつもわたくしを伴って出かける。外国の街にもあちこち連れて行く。ロンドンにもパリにもミラノにも行った。ロンドンでは、イギリス人の親友に紹介してくれた。彼の妻とは打ちとけて話ができ、気も合いそうだった。

夫は、あのひととは違う匂い。違う抱き方。違う求め方。違う背中の手触り。
今は、それに馴染んできた。大切にしてくれていることもわかる。
最近は、夫のからだの優しい重みに安らぎを覚える。温かな感情も感じる。
このひとと一緒にいれば幸せになれるかもしれないと思ったのは、間違いではなかった。

このひとと一緒にいて、日々務めを果たす。
そうしてわたくしは前を向いて生きていく。

あのひととは一緒に生きていけなかった以上、わたくしには、もうこの道しかない。
あのひとはもうこの世のひとではない。
激しい恋の結末。

夏の陽の光を浴びてこがね色に輝くひまわりが車窓を流れていく。




更新日:2017-01-09 13:30:16

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