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第18話 明るい夜~チャイコフスキー「懐かしい土地の思い出」



ドイツ・アルプスの別荘で、二度目の夏を迎えた。

数日遅れで届く新聞の報道や、時々母に会いにやってくる父の話を総合すると、戦況は、相変わらず膠着状態ということらしい。

父は、「軍備をしっかりしておくことも青少年の体を鍛えることも重要だが、それは、隣国が多少おかしな政権になっても我がドイツが攻撃されないようにするための知恵であって、本当に戦争を始めるとは馬鹿としか言いようがない。」と、今回の戦争の種をまいた当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世をこき下ろしていた。

ミュンヘン辺りでは、厭戦気分が相当高まっているらしい。社会民主党から分裂したスパルタクス団など急進的なマルクス主義者が影響力を強め、立憲君主制も資本主義体制も危ういものとなりつつあった。人々の不満を外にそらすための戦争が長引き、皮肉なことに国内の動揺を加速させている。

父は、いつも焦燥しきった顔でこの別荘にやってきて、母を心配させていた。でも、翌朝には、なぜかすっきりした表情になり、2、3日するとすっかり元気になって、意気揚々と山を下っていく。

好きな女のそばにいて、好きな女の匂いを嗅ぎ、好きな女の胸に甘え、慣れた乳房をまさぐることが男にとっていかに大切なことか、僕にはわかる。


更新日:2017-01-07 17:07:00

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