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第1話 出会った頃~バッハ無伴奏バイオリン・ソナタ第1番

挿絵 271*400

【Photo: meganshepherd.com】



僕は、マリア・バルバラと暮らすために、ウィーンの家の整理を始めた。レーゲンスブルクに生活の本拠を置きつつも、オペラなどのシーズンにはウィーンの家に滞在し、両者を行ったり来たりしながら一緒に暮らすことにしたからだ。
母の先祖から受け継いだウィーンの古い屋敷は広く、僕は限られた一角だけを使っていたが、それでも片づけるのは容易ではない。音楽室の普段あまり使っていない楽譜棚も開けて、懐かしい楽譜の数々を眺める。引き出しの奥から出てきた古い写真。奴と僕が写っている。ドミトリー・ミハイロフの弟だったのか…。

あれは親しくなって間もない頃だった。奴が僕の親父の工場が見たいと言う。それを聞いて親父は大喜び、何しろ自分の息子はついぞ事業に関心を持ったことがなかったからだ。親父ははりきって、ドイツのあちこちに所有する工場の中でも、最新鋭のところに連れて行った。

親父は、奴を一目見るなり、すっかり気に入ってしまった。年齢のわりには体格が大きく、顔立ちも賢そうでしっかりしているからだ。親父は、僕の音楽学校の演奏会に来ると、いつも生徒たちの体つきがひ弱だ、ひょろひょろだと不満を言っていた。ドイツ帝国の将来を担う若者はもっと屈強でなくてはいかん、音楽なんかやっている軟弱な子ばかりでは大英帝国やフランスに負けてしまうというのが持論だった。

工場で目立たないよう、僕らは労働者階級のような服に着替えさせられた。親父が面白がって、写真に撮らせたのがこれだ。

親父は工場長とともに自慢げに最新の技術を説明するのだが、奴は、労働者の賃金水準や生活ぶり、労働条件のことばかり質問する。ドイツの労働事情に関心があったのだろう。もしかしたら調べていたのかもしれない。親父はちょっとがっかりしていたが、とにかく事業に関心がある少年が来たということで、終始、上機嫌で、彼を次の日曜の礼拝後の正餐に招待した。

更新日:2016-10-16 21:18:12

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