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7、異邦人ーⅣ

挿絵 474*316

【giokathleen.blogspot.it】

 追憶『ダーヴィト』ー(1)


ザンクト・ゼバスチアンの「金髪の天使」
ユリウス、君は今幸福でいるのか…?

カフェで見かけた金髪の女性。あいつに似ているような気がして、一瞬ドキリとした。こんなことが、何度あったろう。ここウィーンでも、美しい女ならそれなりにいる。劇場やパーティ、お目にかかる機会はこれまでもあった。けれど昔、僕が学生だった頃知り合った彼女ほど印象的だったことは、いまだない。その位彼女はとても印象深かった。いや、そんなものじゃない。強烈だった、のひと言に尽きる。

聖ゼバスチアンの音楽学校に、5年生から転入してきたユリウス・フォン・アーレンスマイヤー。輝く金髪と碧い瞳をしたその下級生は、男子生徒にしては目を引く、際立つ美貌の転入生だった。始めはその容姿に惹かれ、近づいた。

美しい声、貴族らしいノーブルな雰囲気と立ち居振る舞いは抗いたがい魅力を醸し出し、僕は惹きつけられた。それ以上に素晴らしかったのはー彼は男ではなく実は女で、女性特有に違いない感情的豊かさー時に勝ち気で気まぐれで泣き虫で、手っ取り早く言うと、手に負えないくらい愛くるしい存在だったということだ。同じことをきっと、ユリウスに振られた今や大ピアニストのイザークやわが悪友クラウス・ゾンマーシュミットも感じていただろう。そうだ、あのお転婆な金髪の天使は、男どもをキリキリさせる位可愛かった!そんなことを考えていると、なんだか無性に可笑しく思えてくる。
 


ユリウスと知り合うまでに、僕にはすでに異性への愛情を抱く経験があった。母方の従姉妹にあたったマリアンネ、僕は彼女を愛していた。黒髪と輝く黒い瞳を持ち、僕よりひとつ年下だった。僕の母と妹だったマリアンネの母親は仲の良い姉妹で、僕と弟やマリアンネと妹は休みの度に顔を会わせ、共に過ごした。クリスマスや復活祭で、夏の別荘で、永遠の子供時代を一緒に分かち合う。

僕の父はやり手の実業家で、大きな貿易会社を経営していた。どちらかというと実務家タイプの人間で、母は資産家出身の朗らかなお嬢様。我が家はそういう一家だった。一方母の妹は落ち着いた知的な感じのする婦人で、夫は文学専攻の大学教授だった。その長女だったマリアンネは瑞々しい感受性を持った、心優しい少女だった。僕の弾くピアノが大好きで、いつも嬉しそうに聞いてくれた。

「ダーヴィト、あなたって本当にピアノが上手ね。うらやましいわ。私なんて、ピアノの先生にしょっちゅう注意されてばかりよ。」
そう言って、無邪気に笑う。


その頃僕は、ひどく孤独だった。世界中で僕はたった独りぼっちだとよく考えていた。仕事で忙しい、いやそうじゃない。僕のことを理解できずにいた父と、優しいけれど僕の気持ちにはあまり気づくことのなかった楽天的な母、知識でがんじがらめの分からずやの家庭教師、僕は周囲の大人たちにほとんど絶望していた。

「ダーヴィト様は、気難しいお子さんですね。私の手には余るようです。弟のコンラート様の方が、素直で勉強には向いているかと。」
家庭教師の中年男が、父と母に話しているのを聞いた。自分だって、ハイデルベルク大学の講師止まりで、教授には昇格できなかったくせに。「宗教はどこまで人を救えると思いますか」と聞いても、何も答えられなかった。この頭でっかちめ!

確かにコンラートの方が、勉強には向いているさ。でも僕が掴みたいものは、必ずしも学問じゃなかった。僕が本当に求めていたもの、それは人間の普遍的な「真理」、そう簡単に見つけられるものじゃない。その問いに答えられる大人も、当然ながら僕の周りにはいなかった。

音楽好きの母の影響でピアノを始めた僕は、子供の頃から毎日鍵盤を鳴らしていた。両親は思春期に突入する扱いづらい息子を、家庭教師から話を聞いたこともあり、寄宿舎のある教会附属の音楽学校に預ける判断をした。毎日ミサと聖書に触れる生活、神様にお任せさえしておけば、僕がまず道を踏み外すことはないと思ったのだろうか。実際、息子の素行や危険思想を心配し健全な成長を願う良家の親が、教会に縋る気持ちは分からないでもない。入って周りを見回してみると、似たような境遇や家庭環境の生徒ばかりだったからだ。

ミュンヘンから汽車で2時間。古代ローマ時代からの長い歴史を持つ、レーゲンスブルクでの学生生活。僕にはそれがとても合っていて、楽しかった。緑にあふれ自然に囲まれた、落ち着いた城塞都市。聖ゼバスチアンには音楽好きの連中が集まってきており、感性豊かな変わり者も少なくなく、居心地は良かった。退屈もせずに済んだ。音楽学校に入ってからもマリアンネと僕は手紙のやり取りを続け、学内演奏会では僕の演奏を聞きに彼女は会いに来てくれた。





更新日:2017-04-10 22:28:21

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