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Ⅶ、枯れ葉の中で

挿絵 236*372

 

クラウス…!少し離れた所に、彼は立っていた。全身びしょ濡れだったけれど、なぜかは分からない。どうして彼がここにいるのかも。濡れた髪を手でかきあげながら、彼は言った。
「ばかたれめ、おれを殺す気か!」

ぼくは彼に向かって駆け出した。枯れ葉の舞う中、こぼれる涙をぬぐいもしないで、彼の所まで真っ直ぐに。クラウス、クラウス!なぜこんなにも、ぼくは君を求めているのだろう。胸の中に飛び込んでいくと、クラウスはぼくを受け止め強く抱きしめた。勢いぼくたちの体は宙に浮いて、そのまま落ち葉の重なる地面に倒れ込む。彼に会えた喜びで、ぼくはひたすら泣きじゃくった。意地っ張りなぼくは呟く。
「涙がとまらないのは夕日がまぶしいからだ…。」

体を起こしたクラウスは上からぼくを見降ろした。夕日が一日の終わりに最も美しい姿を見せたその瞬間、あごを手で上に向かせ、彼はぼくに口づけた。
クラウスと交わす初めての口づけ。彼に会えて胸がいっぱいだったのに、それは思いもよらないことだった。情熱的で、まるで愛し合う恋人同士のような、深く長い口づけ。ダーヴィトとは違う。彼の口づけを受けながら思った。ぼくたちはなぜこんなキスを?この激情は何なのか…、教えてよクラウス。びしょ濡れだった彼は氷のような冷たさなのに、口づけは熱くて燃えるようだった。頭の芯がしびれ、力が抜けていく。一方で身体のどこかが火照っているみたいだ。クラウス、君は今何を考えている?

夢にまで見た、愛した人との抱擁。でも彼にとっては?泣きじゃくるぼくを慰めただけなのだろうか。口づけの後も少しの間、ぼくたちは互いから離れず抱き合ったままだった。クラウスの広い胸に顔をうずめると、彼は大きくて温かい手をぼくの手の上に重ねる。ぼくは心の底から満たされ、生まれて初めて自分が本当に幸せだと感じた。永遠にその時間が続くよう願った。どのくらいそうしていただろう。急に陽が傾くと、ようやくクラウスは立ち上がる。
「日が暮れる。行こう。」


ぼくが乗ってきた馬は馬車用でよくしつけられていたためか、幸いにも近くにいた。クラウスとぼくはその馬に乗り、ミュンヘンへと向かう。びしょ濡れでさすがに寒そうなクラウスは、時折身震いした。

「クラウス、大丈夫?どうしてびしょ濡れなの?」ぼくが聞くと、

「お前が馬から落ちるのが見えた。助けようと、列車から川に飛び込んで泳いださ…。無事で良かったぜ。全く、人騒がせな奴だ。」と答えた。

そうだったのか…。ぼくを助けるために川の中に。クラウスにはすごく申し訳ないことをしたけれど、一緒に馬に乗り彼の腕の中にいたぼくは、その時きっと世界中で誰より幸せな人間だったに違いない。こんなにも間近の彼と二人きりでいられるひととき、それはぼくにとって、空気さえも濃密に感じられて息が詰まるほど幸福に思えた時間だった。






[popsugar: Fall beauty.HAPPY AUTUMN!]

更新日:2018-01-03 01:24:38

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