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Ⅲ、カーニバル

挿絵 500*484

 

復活祭のカーニバルで、「ニーベルンゲンの歌」劇の『クリームヒルト』を演じることになった。女として生きれないぼくが、芝居の中でだけ“女”でいられるなんてお笑いだ。聖ゼバスティアンの生徒たちが、この“女装”を劇の中でも面白がって楽しみにしていること位、ぼくだって分かる。男子校特有のバカ騒ぎで、ちょっとした息抜きでもあるんだろう。それにしても、なんて趣向だ!長く続く伝統ある出し物だって?英雄劇だったら他にもあるのに、ぼくにすれば悪趣味でしかない。200年以上の古い歴史を持つ音楽学校の裏話では、お気に入りの男子学生がいたかつての男色家の校長が、考えついたものなんだとか。それで“例の学則”男子生徒同士の恋愛ご法度があるのか!ともかくぼくは今年の犠牲者だ。

芝居の稽古中憂うつになりがちなぼくは、「不機嫌なクリームヒルト」という有り難くもないあだ名を“実行委員長”につけられた。クラウスがつけたのにいたっては、「ふくれっ面のクリームヒルト」だ。ある時稽古が始まる前、彼はぼくに面と向かって言った。

「普通の女より、お前の方がよっぽど美人だ。せっかくそんなきれいな顔をしてるんだから、ふくれっ面じゃもったいないぜ。お前が女だったらなぁ、この俺だってきっと夢中だな。」

半分真顔だった彼に驚いて、ぼくは一瞬ドキッとした。クラウスも、劇の仕上がりやぼくのことを、気にかけてくれていたのだとは思う。しかし彼の発言は周囲を爆笑させ、かえって悪乗りする雰囲気を作った。ぼくはますます不機嫌になった。

「放っておいてよ、クラウス!」

誰よりもやる気のある“実行委員長”からは、「余計なことしないでくれ、クラウス!」
結局怒られ、部屋から追い出された。

そして衣装合わせの日。クリームヒルトの扮装をしたぼくが皆の前に出ると、男子生徒たちはいっせいにどよめいて歓声を上げた。どうしてそんな、ヘンな目で皆ぼくを眺めるのか。ヴィルクリヒ先生もまじまじとこっちを見てるし、あのイザークもずっと見てる…。何なんだ。それにクラウス、君もか!君にまでそんなふうに見つめられたら、ぼくはどうすればいいんだ。あぁ、早くこの場から逃げ出したい。そう思ったら、クリームヒルト姫らしからぬ雄々しい足取りで、ぼくはその場から離れた。

カーニバル以降、クラウスはぼくを避けている。思い過ごしかと思ったが、気のせいではない。でもなぜ?カーニバルで何かあったというのか。転入してから、何かと彼に構われながら面白おかしく過ごしてきた日々を振り返ると、さびしく思えてならない。あんなふうに何の屈託もなく彼と笑い合うことは、もうないのだろうか。ヴァルハラを出る時、ぼくの頬を両手で包みながら見つめてきた彼の瞳を、今でも思い出す。

「あまり無茶はするなよ。」あの時の言葉ほど、やさしく響いた言葉はなかった。あの時の彼は、あんなにも温かったのに。




[dearlacrima.tumblr.com]

更新日:2018-01-03 01:19:58

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