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第1章

辺りを包む白い世界、道にも薄く雪が積もっていた。
 兄が微笑みながら見ている前で、白い道に残る黒い足跡が面白くてはしゃぎながら飛び回る自分がいる。
 ――ほら兄さん、足跡がこんなにくっきりと。
 翔梧は振り返って兄の笑顔と道に残った靴底の模様を交互に見た。突然の耳をつんざくブレーキ音。驚いて顔を上げれば兄の背後から迫る大型トラックの姿が視野に入る。暗転、車のライトが襲い、体が宙を舞って悲鳴をあげかけたところで翔梧は夢から覚めた。
 寝汗で下着が濡れていて気持ちが悪い。最近は思い出すことも少なくなった12年前の場面が、今朝はなんで夢となって現れたのか。兄を失ったのは年明け早々。その前には事故で両親を亡くしている。その両親の祥月命日が明日に迫っていた。

 梅雨に入ってからというもの雨模様が続いた。空を厚く覆った雨雲は日差しを遮り、辺りは早くもどんよりと薄暗い。翔梧はこのような雨の日にどこへも出かけたくなかったが、どうしても会って打合せをしなければならない用事ができた。
 もっと早くに気づいていれば明るいうちに何とか出来たはずだと悔やみながら、兄の持ち物だった腕時計を付けて車に乗り込んだ。
「あれ、どうしたのだろう?」
 車を進めて程なく、誘導灯の明りが薄暗い中を泳ぐのが見えて翔梧はブレーキを軽く踏み込み、誘導員の近くで車を止めて窓ガラスを下げた。白いヘルメット、反射材の付いた白い雨具姿が警察官でないと知り、翔梧はなぜかホッと息をつく。
「申し訳ありませんが、この先で急な工事が入ったもので通ることができません。迂回をお願いします」
 誘導員は翔梧の顔を覗き込んで告げた後、車から離れて誘導灯の先を一点に向けた。
 示された方角を見ると、車が一台通れるほどの脇道がある。翔梧は指示通りに脇道へ車を進めながら何気なくルームミラーで後方を確認すると、誘導員の姿は闇に溶け込み誘導灯の明かりだけが人魂のように舞った。

更新日:2016-06-05 13:51:04

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