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護身術vs柔道

 真守は巴から視線を外し、こちらにしゃがみ込むと稽子を立たせた。
 ピクニックシートまで連れて行こうと肩を貸すが、稽子はそれを拒んで歩き、辿り着くとゆっくり腰を下ろした。
「ざまあないですわね。自分から喧嘩を売っておいて投げ殺されるだなんて」
「ま、真守さん。そんなこと言わなくても……」
 見下ろす真守を稽子は一瞥すると、悔しそうに唇を噛んだ。
「楽勝だと思ったんだよ。打撃のない柔道なんて、投げられる前にぶん殴っちまえば、それで終わるって」
「実戦がそんな単純で簡単な訳ないでしょうが、このスカタン」
 真守による侮蔑の言葉に睨み返すも、まだダメージが残っているのか、稽子は掴みかかることなく座ったまま聞き返す。
「なら、お前はどんな作戦で行くっつーんだよ!?」
「そんなこと決まってますわ」
 ぐっ、と拳を握りこむ。
「投げられる前にぶん殴る。これしかありませんわ」
 それはたった今、真守が馬鹿にした作戦ではなかっただろうか。
 稽子共々、彼女の返答に意表をつかれて少々呆気にとられていると、それに気付いた真守が作戦の補足を始めた。
「はっきり言って、柔道家に掴まれたらその瞬間に負けたも同然ですわ。だから掴まれない距離を維持して、打撃で沈めるのが常套手段」
「そりゃ、あたしだって途中から気付いてたし、色々考えながら試したって」
「あなたはフルコンだから、突きでも蹴りでも、基本的にボディばかり狙っていたでしょう。それじゃあどうしたって距離が近くなるし、掴まれやすくなりますわ。それに柔道家相手に上着を着て挑むだなんて、自殺行為ですわよ」
「仕方ねーだろ。服、脱いで戦う訳にもいかねーんだから」
「あら、わたくしは脱ぎますわよ」
 そう言うと真守は制服のベージュ色をしたジャケットを脱いでピクニックシートの上に畳んで置いた。
 続いて赤いネクタイを緩める。襟から解いたそれをジャケットの上に落とすと、迷い無くシャツのボタンを外しにかかった。
「ちょ、ちょっと真守さん!? 駄目ですよ、こんな所でっ」
「何考えてんだ、お前はっ」
 いかに人目につかない校舎裏と言えど、年頃の女子高生が喧嘩のためにシャツを脱ぎ捨てるなんて大胆すぎる。
 ご乱心を慌てて止めようとするも、彼女は仁王立ちのまま躊躇無くシャツを脱ぎ捨てた。
「こんなこともあろうかと、わたくしはいつもラッシュガードを着てますわ」
 白いシャツの下には、黒色のすべすべとした素材のウェアを着用していた。それは半袖で、体のラインにぴったりと沿うように作られていて、生地は伸縮性があるようだった。
 サーフィンをしている人が似たようなものを着ている光景をテレビで見たことがある。
 確かに、これなら袖も前襟も存在しない。
「それで投げを防げるって言うのか?」
「まさか。わたくしも柔道の練習はしてるけども、はっきり言ってあまり得意ではないし、見る限り前村さんとは雲泥の実力差ですわ。一秒で投げられる所を、三秒耐えられるぐらいになるのがせいぜいですわね」
「全然駄目じゃねーか」
「まあ、着ているよりはマシですわよ。後は顔面に突きなり蹴りなりを一撃入れては離脱を繰りかえして、ここぞのタイミングで大技をぶち込むしか勝ち目はありませんわ」
「あの……。もし、投げられたら危なくないですか? 怪我しませんか?」
 もし真守まで、先ほどの稽子みたいに呼吸困難になったらと思うと気が気でない。運悪く頭をぶつけて、そのまま意識不明になる可能性だってある。
「下が地面なら大丈夫。受け身の練習はしていますもの。最も、さっきみたいに壁に投げられたら、受け身もへったくれもないけれども……。そうならないように位置取りには注意を払うし、普通に投げられるだけなら、そこから攻め入る隙がありますわ」
「投げられてから攻める技? 何だ、そりゃ」
「わたくしはあなたより、技の引き出しをたくさん持ってますのよ。ようは相手の弱い所、不得意な分野で勝負するのがわたくしの戦い方ですわ」
 それは稽子との戦いで真守が見せ付けてくれた。
 フルコンよりも遠い間合いから踏み込んで慣れていない顔面への突きを主軸に戦いを組み立てていたし、最終的に勝負を決したのは背後から首を絞めるという寝技だった。
 真守は色々な武道や格闘技を練習し、それぞれの特色を理解して、実戦で相手に合わせて戦術を練るのだろう。
 こちらを掴もうと手を伸ばしてくる柔道家を相手にするには、リーチの長い技で顔面への攻撃をすること。
 例え投げられたとしても、そこから反撃するための技があると言う。
 真守は巴の方に目線をやった。それにつられて自分も見ると、彼女は稽子に蹴られた右のわき腹をすりすりと手で擦っていた。

更新日:2014-09-05 19:02:58

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