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グルメな人々

 西暦2013年12月30日に日本食がユネスコの無形文化遺産に登録されてからと言うもの、世界中で日本食の人気が高まった。

 それに付随し、日本食に使われる食材の人気も高まり、日本産の食品や食材・農作物の人気も高まった。

 特に果物に至っては、今までにない程の注目ぶりで、日本国内のみならず、全世界の人々が日本の果物を欲しがった。

 私はそこに目を付けたのだ。


 「かねてから、果実の種が邪魔に思えていた我々、日本人は、様々な苦労と技術で品種改良をし、ミカンの種を消し、ブドウの種を消しました。

昨今では、スイカの種も無くした物が出回ってきていおります。

日本食が世界遺産となった今、日本人の努力の結晶である種無し果実は世界でも必ずや通用する事でしょう。

今までは、世界の果実が日本に入って来ては皆さんを悩ませましたが、今度は日本で全果物の種を無くし、世界に打って出ようではないですか!」


農協の講習会に招かれた私は、声を大にして叫んだ。

大喝采の末、私の講義は終わりを告げた。

 講習会の後、農協の職員に呼ばれた私は応接室に入って、進められるがまま、ソファーに腰を下ろした。

「いやぁ、実に感動的な講義でした。」
農協の職員がお茶を出しながら、私の顔色を伺った。

「ご心配なさらないで下さい。コチラに例の薬液のアンプルを用意してあります。」
私は、アタッシュケースを指差しながら言った。

「早速ですが、その薬液はいかほどに?」
電卓を片手にした、別の職員が尋ねた。

「ですから、ご心配なく。私はある方から、日本中の果物農家さんに、無料でこの薬液を届ける様に命じられただけですから。」
私は片手でその電卓を抑えながら言った。

「それにしても、そんな夢の様な薬液を無料で配布してしまって大丈夫なのですか?それに、安全性も気になる。」
眼鏡を掛けた、また別の職員が言った。

「依頼主の名は明かせませんが、その方は、日本の農家さんに活気を取り戻してほしい一念で、この薬液を開発しました。趣味でいろいろな研究をしている大富豪…とでも言っておきましょう。
なので、お金の面はご心配なく。

また、安全性もご安心下さい。
事前にお配りした資料にも記載させていただきましたが、日本の名だたる研究機関で検証して、問題がないとの確証が取れています。

この薬液の主成分は一種のバクテリアが発する酵素です。
それを水に混ぜた物ですから天然素材ですし、そのまま飲んでしまっても身体に害は無い事は保証済みです。

なにしろ、生育前の果実に吹きかけるだけで、種無しになると言う利便性が、特にお勧めのポイントです。」

私が言い終えると、三人の職員は顔を見合わせて頷くと、一番偉そうなのが言った。

「解りました。我が街の農協でも取り入れましょう。」

その場の三人と固く握手を交わし、アンプルを手渡した私は、農協を後にした。

 こうして、全自治体の農協を回り終えた私は、依頼主に電話をした。

「たった今、例の物を配り終えました。後は時が来るのを待つだけです。私は、しばらく、コチラに滞在します。はい、頃合いを見てコチラから連絡いたします。では、また。」



 やがて、日本産の全果物から種が消えた。

 日本産種無し果実が現れてからは、なおの事、「食べやすく美味しい果物」であると日本産果実の人気は高まった。

 先進国はもとより、後進国の人々に至るまで、日本産種無し果実を欲しがったのだ。

 中には、製法だけを真似た外国産のまがい物も現れたが、味がイマイチだとか、安全性に疑問があるなどの理由で、やがて消えていった。

 それから、10年ほどの歳月が流れたが、日本産種無し果実の人気は陰りを見せず、最早、果実界の中で日本産種無し果実の地位は不動の物となっており、今や全世界の人々が1日一度は必ず口にするようになっていた。


 そんな中、私の携帯電話が10年ぶりに鳴った。

更新日:2014-07-06 22:05:54

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