• 1 / 9 ページ

1

「幽霊でもいいから逢いたい?」
早夜が言った。
「できるものならな。」
おれはすっかりぬるくなったコーヒーを乱暴に置いて、ぶっきらぼうに答えた。
誰かの彫った落書きが、自分の上に置かれたタンブラーを不満そうに見上げている。
「うづき。」
早夜は、彼女の名前をぽつりと口にした。
おれは黙したままを貫く。
おれと卯月と早夜は、いつだって一緒だった。
幼い頃は、それこそおれたちは「三人でひとつの生き物みたいだ」と周囲に揶揄されるほどだった。
これから先もこのままが続くんだろうかと、ぼんやりと考えたこともある。
もちろんそんなことはなく、おれたちは中学卒業と同時に別々の道を歩み始めた。
高校を無事に卒業して、大学に進学したり、就職したり。
「落ち着いたら、また幼馴染三人で久しぶりにどこかへ出かけようか。」
卯月が提案して、おれと早夜が同意した。
その矢先に、何の前触れもなく卯月の時間だけが止まった。
まだ名前のついていない病気だった。
「どうしても逢いたいなら、あるんだって。卯月と会う方法が。」
「からかってるのか。」
早夜は寂しそうに首を横に振った。
「からかってなんかないよ、サトーの元気がないからだよ。ホントだよ?」
卯月がいなくなってから、穴の空いたような思いをしているのは、おれだけじゃなかったんだ。
「ごめん。」
「うん。」
今更そのことに気付いた。おれはばかだ。
「それで、さっきの話はなんなんだ?」
「図書館の裏にできたお店、知ってる?」
しらないし、新しい店ができたということ自体にも聞き覚えもない。
「そのお店ね、表向きは普通の雑貨屋さんなんだけど」
早夜は囁いた。
「会わせてくれるんだって」
会うことができない、会いたい人に。
「ねえ、サトー。サトーは、卯月に会いたい?」
おれは答えた。

その日の最終講義は、ぼんやりとした頭の中には入ってこなかった。

気がつくと、早夜と共に茜色の空の下にいた。
夕日に染まった一軒の店の前。
ぬいぐるみの積まれた棚の間で、店内へと誘う入り口がぽっかり口を開けている。
看板には、ポップな字体で「アスター」と書かれている。
女子供の好きそうなどこにでもある雑貨屋だ。
「ここだよ。」
早夜に促されて中へと入ると、少女がやる気もなさそうにレジ奥の椅子に座って携帯端末をいじっていた。
「いらっしゃいませー」
こちらをチラ見して、また視線を携帯端末に戻す少女。
店員としてはあまり褒められた態度ではない。
歳の頃は、16、7といったところか。高校生のアルバイトだろうか。
店内は、パステルカラーとビビッドカラーに満ち溢れていた。
文具だの食器だの絵本だのが、店じゅうの棚にジャンルを区別されずに所狭しと並べられている。
何か買わねばならない目的物があるのなら、探しにくいし買いにくい。
物が多い分、目的もなく入った者の衝動買いは誘うのかもしれないが。
本気でこの店で何かを売ろう、という気がないように見える。
明るい配色だというのに、店全体からはレジに座る少女と同じような一種の怠惰が伝わってくる。
そのせいか、客は他にひとりもいない。
「あの、すみません。」
早夜がうさぎのストラップをレジに出しながら、少女に声をかけた。
「はい」
840円を古びたレジスターに打ちこんで、千円札1枚を受け取った少女の瞳がきらりと金色に光る。
いや。色素の薄い茶色い瞳が何かの加減で金色に見えただけか。
肩で切り揃えられた少女の髪の毛は、確かに金色に輝いている。
それを見間違えたのだろう。
「私達、この店の噂を聞いてきたの。」
早夜の言葉に、少女が微笑む。
「それは、どこで?」
「さあ、どこだったか。」
早夜が思い出そうと考え込んでいる。
「死んだひとは静かに眠らせておくものよ。」
少女がお釣りとレシートを差し出しながらぽつりと言った。
おれはそれを聞いた途端、ひどい後悔の念が湧き上がってきた。
早夜についてここへ来たことを後悔しているのか。
そうではない。
なにかもっと別のことだ。
だが、なにをこれほどまでに自分が後ろめたい気持ちになっているのかが分からない。
「帰ろう」
早夜の肩を叩いた。
「でも」
食い下がる早夜に、おれはできるかぎり言葉を選ぶ。
「気分が悪いんだ。」
早夜を押し出すように出口へ。
と、ちょうど入ってきた者とぶつかりそうになった。

更新日:2013-05-31 11:22:19

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook