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第8話 内面を知らずに外見を笑う人々

 昼休みに入り津田が読書を始めようとすると、不意に視界の照度が落ちた。
 心の中でため息をつく。もしかしたら、実際に口を突いて出てしまったかもしれないな。
 そんなこと思いながら、鬱陶しげに視線を上げると、津田の目の前には案の定というべきか、加羽がぎこちなく、しかしどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。彼にはそれが精一杯の虚勢なのだろう。緊張しているのが見え見えである。
「おい、津田・・・・・クン。お前は例のボタン持ってるの・・・か?」
 いつもは津田のことを「犬」としか呼ばないくせに、卑屈になっているのだろう。苗字で呼ぶだけに収まらず「クン」付までしている。
 それにしても単刀直入に聞いてきたものだと、津田は思う。
 あまりに直球で聞いてこられたので、どうしたものかと考える時間を奪われたような気分になった。
 ちなみに加羽の朝の件は、完全に不問となっている。
 教室から出て行った女子はやはり職員室に駆け込んだらしく担任教師に訴えたのだが、沈痛な面持ちを一層深め「一先ず教室に戻りなさい」とだけ告げると、教頭先生に相談しに行ったとほかのクラスメイトに話していた。
 その後、担任は朝礼の際に顔を出したが、すぐに「今日の1限目は自習しているように」と告げ、「その後の授業も担当の先生が来なければ、自習を続けるようにしてください。これから教員たち皆で緊急会議を行うことになりましたので」と続けると沈痛な表情のまま教室から出て行った。
 結局3時限目から授業は再開されたわけだが、加羽に対する教師側からのアプローチは昼休みを迎えた現時点になっても、まだなにもなかった。
 ――くそぉ・・・・・、担任が加羽を引っ張って行ってくれてれば、こんなめんどくさいことにならずにすんだのに。まああの担任に、この学校ならそれを期待する方が無理か。
 心の中で毒づきながらも、今は加羽の相手をしなければならない。
 だからと言って馬鹿正直に「ボタンもってるよ?」などと言うつもりはない。
 当初から考えている通り、素直に持ってることを言うつもりはないが、かといって持っていないというつもりもない。もしも、持っていないと言い、それを加羽が信じた場合、ますます増長することは目に見えている。だからそのまま答えることにした。
「例え持っていたとしても、俺は誰にも持ってるなんて言うつもりはないよ」
 その答えに対して、一瞬困惑したような顔をしたが、加羽の中では答えが出たらしく、にたりと笑う。はなはだしく不快な気分にさせる笑顔だ。
「なんだよ、回りくどい言い方をするなよ。持っていないなら持っていないといえばいいじゃないか」
 ニタニタ笑いながらそんなことをいってきた。津田の肩をポンポンと気さくに叩いてきそうな気やすささえ感じる。
「誰も、持っていないとは言っていないだろう?持っていたとしても、誰にも持っているとなんていうつもりはない。といっただけだ」
 うんざりすることを隠しもせず、津田はため息交じりにあきれて見せた。
 その言葉に教室の温度がぐっと下がったように感じたが、基本的に彼が何をいおうとクラスの空気は変わるので今更気にすることでもない。
「なあ、津田。俺は例のボタンを持ってるんだぜ?素直に教えてくれてもいいじゃないか。もし持ってるってんなら、俺たちは仲間だということになるだろう」
 お前と仲間同士だなんてまっぴらごめんだ。津田の本音としてはこちらであるが、面と向かって言うわけにもいくまい。単純に人として。
「仲間とか勝手に決めるなよ。仮にボタンを持っていたとしても、お前と同じだなんて思われたくはない」
 面と向かっていってしまった。
 みるみる加羽の表情が赤くなる。先の米田の件で自分の中では、自分がこのクラスの中ではナンバーワンだと認定されたのであろう。もはや、自分の思い通りにならないことを隠すつもりはない。そんな様相である。
「お前さ、状況分かってんのかよ。俺はボタン持ってるんだぜ?それなのに俺を挑発して何の利点があるよ?ボタン持ってないひがみか?」
 正直加羽に合わせて話すつもりはないのだが、津田としては加羽と会話を続けても得るものはない。津田は自分の抱えるもう一つの側面を出すことにする。
「うるさいな。ボタン押したいなら勝手に押せよ?一瞬で消えちまうんだろう?きっと苦痛もなく死ねるんならそれはそれでありだと俺は思うんだが、どうだろう?」

更新日:2013-04-01 21:40:01

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