• 12 / 460 ページ
「やあ、まぐれですよ。でも、コンクールっておもしろいですよ。
2位じゃ悔(くや)しいから、今度は1位を狙(ねら)いますよ」

松下陽斗(まつしたはると)は、少年のように目を輝かせながら、
顔を紅(あか)らめてわらった。

「すごーい」
「すごい、すごい」
「陽くんなら、1位とれるから」

女子高生たちや美里や美樹や美咲たちから、そんな歓声(かんせい)が上がった。

そんな松下陽斗(はると)の、若くてスター性のある才能に惚(ほ)れこんだのが、
森川純であった。
ライブハウスを展開するモリカワの、専属のミュージシャンとして、
純は、陽斗と、友好的で、継続的な契約を交(か)わすことに成功する。

クラシックやジャズやポピュラーなどの広いジャンルの音楽を、
感性豊かな、高度な、ピアノ演奏で、弾きこなして、聴衆を魅了(みりょう)してしまう。
そんな松下陽斗を、そろそろ、世間やマスコミも注目すると、純は予想している。

多摩川(たまがわ)の水辺(みずべ)の、
二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場に設置された会場は、
人々(ひとびと)であふれるばかりであった。

4時ころには、みんなは、森川純が用意してくれた、
隣(とな)り合わせの、2つの丸いテーブルに、落ち着いた。

花火打ち上げ前の、独特の高揚感(こうようかん)や
雰囲気(ふんいき)の中で、軽食などをつまみながら、
みんなは、自由気ままな会話を楽しんだ。
女子高生が4人もいるので、若々しい会話が弾(はず)んだ。

5時30分には、ステージ・イベントのオープニング・セレモニーの、
高校生の和太鼓の演奏。そして、区民の合唱団による合唱。
囃子(はやし)保存会による囃子などが披露(ひろう)された。

やっぱり、夏祭りの、太鼓の音って、からだに響(ひび)いてくるから、
気持ちいいなぁ・・・と美樹は思った。

会場に集まった、美樹たちや、たくさんの人々は、
夏祭りふうのセレモニーに、酔(よ)いしれた。

あたりが暗くなり始めた、夜の7時、花火のオープニングを飾(かざ)る、
連発仕掛(しか)け花火の、スターマインが打ち上げられた。

何十発もの花火玉(はなびだま)が、テンポよく打ち上げられる。
夜空に、つぎつぎと、色鮮(いろあざ)やかな、花が咲き、消えてゆく。

ドン、ドドドーンと、炸裂する、その心地よい音は、からだの奥や、腹にもしみる。

ポップでキュートな連発の花火もあれば、特別に作り上げた10号玉が、1本ずつ打ち上がる。

ふと、美樹は、なぜか、夜空を色鮮(あざ)やかに染(そ)める、花火の美しさと、
爆発音の中で、強い孤独感のようなものを、感じてしまうのであった。

・・・こんなに楽しい夜なのに、花火の儚(はかな)さが、やけに、哀(かな)しい。
前は、こんなじゃなかったのになぁ。もっと無邪気(むじゃき)で明るかったのに・・・

美樹の目には、誰にも気(き)づかれないような、涙がうっすらと浮かんだ。

でも、姉の美咲は、美樹のそんな様子に気づいて、美樹の手をしっかりと握(にぎ)った。

「美樹ちゃん、だいじょうぶよ。何も心配しないでいいんだから。
わたしは、いつでもあなたを、1番に、大切に思ているからね。
わたしもあなたに、いろいろと、心配かけてごめんね」

美樹の耳元で、美咲は笑顔で、そう、ささやいた。

「お姉ちゃん・・・」といって、美樹は美咲を見て、ほほえんで、
美咲の差し出したハンカチーフで涙をぬぐった。

美咲は、松下陽斗(まつしたはると)とは、これ以上、
特別な交際をしないことを、あらためて心に誓(ちか)うのであった。

夜の8時近くには、フィナーレ(最後の幕)の、いよいよ佳境(かきょう)がやってきた。

大音響の爆発音をともなって、8号の花火玉の100連発が、次々と打ち上げられる。

時が止(と)まったように、夜空が、赤や青や緑(みどり)や紫(むらさき)や黄色の大輪の花たちで、
明るく染(そ)まる。

そして、連発仕掛(しか)け花火の、スターマインが打ち上がって、
金色や銀色にキラキラと、ひかり輝(かがや)いて、
滝の流れのような、広大な空中のナイアガラが、夜空に出現(しゅつげん)する。

夜空に描(えが)かれた、光のファンタジー(幻想)、爆発的なエネルギーの音、
鮮烈にきらめく色彩の数々、そんなアートの世界に、すべての人は酔いしれた。

会場は、終始、歓声や、ため息、明るいわらい声に、つつまれていた。

夜の8時過ぎには、およそ6500発の花火は、すべて全部打ち上げられて、
全プログラムは終了となった。

≪つづく≫ 

更新日:2013-03-01 20:14:12

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook