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第10話「不安」

夏祭りから数週間。

武田との出来事があってから
なんの意欲もわかなくて

何にも手をつけたくなくて

ただただ、ぼーっとする。


ベランダで揺れる風鈴を
自然と、目で追っていた。

軽くて淡白な音色が
憂鬱な気分をしんみりさせる。

「花梨ー!
 暇ならおつかい『友達んとこいってきまーす!』」

お母さんの言葉から逃げ出して
行く宛てもなく、外に出た。


風が、暑い。


『・・・コンビにいこ・・・』

家から30秒ぐらいで着くコンビニに
ふと、入った。

ちょうど財布とケータイだけカバンに入れてきたから
アイスぐらいは買える。

〝ラッキー〟なんて思いながら
アイスが並ぶ冷凍機の冷気に、涼んでいた。

「きーのしーたさーん」

すると
そんなあたしの肩が、ぽんっと叩かれた。

びくっと跳ね上がる心臓をよそに
後ろにあるのは、無邪気な笑顔。

『は・・・中原?』
「よっ」

中原だ。
そう頭にインプットするのに、時間がかかった。

中原の家は
こっちとは全く、違う方向。

『なんで・・・ここに』
「・・・なんとなく?」

曖昧な答えに
少し、むっとした。

中原はいつもそうだ。

何もかもが適当なのに
何もかもが、この人の手の中の出来事のような。

『・・・あたし
 忙しいんだけど』
「半袖ショーパンにサンダルで
 珍しく髪も結ばずにコンビニでアイス選んでるのに
 忙しくは見えないけどな?」
『・・・』

こいつ・・・
しばき倒したい・・・

『じゃーねっ!』

怒りを込めた声色で言い放つと
一番安くて大きいチョコアイスを持って
レジへと、むかった。

「木下」

その言葉に返事をせず
明らかに不機嫌な目で、振り向いた。

『・・・何』
「なんでフったの?」

睨んでいた目が
思わず、見開いた。

『えっ・・・?』
「あ、ビンゴ?」

そう言って中原は
にやっと笑う。

『・・・なんで知ってるの?』
「夏祭りでぼっちの武田に会って
 なんとなく、思った」

なんとなくでフったまで分かるか?普通。

『なにそれ・・・』
「フる理由なくない?
 好き同士なら」

ああ。

中原でも、それは分からないんだね。

そんなに断ったら
いけないことだったの?

『中原に気持ち、分かるの?』
「え?」
『フラれるの、辛いと思う。
 だけど断る方だって
 勇気、出してるんだよ』

自分が知らない感情だった。

目の前にキミはいて
キミは既に、あたしに手を差し伸べていて

でも

その手をつかむことは
できなかった。

『中原には
 分かるわけない』

違う。

そうじゃない。

あたしはきっと
怖いんだ。

距離をあけて
裏切られることに、怯えてるの。

お父さんとお母さんみたいに
いつか、離れるのかもしれないって

そんな不安が大きくてたまらないの。

もちろん、離れ離れが辛いのは
大前提の話。

だけどそれに
あたしには

武田に好きでいてもらえるような
自信がないの。

「・・・お前さ・・・」

中原がすたすたと、歩み寄ってくる。

少し、慌てた。

『・・・なんですか』

強気でいると
スッと頬に手が伸びてきた。

『・・・え?』
「・・・あ」

はっとしたように、中原が
伸ばした手を、素早く下ろした。

「・・・ごめん」
『い・・・一体なん「花梨」』

え?

声が出ない。
今、何かが違う呼び方をした。

『なに言って・・・』
「花梨。お前さ
 ・・・俺の女になりなよ」

──名前で、呼んでるんだ。

そう認識した時にはもう




中原の


腕の中だった。

更新日:2013-01-28 23:12:28

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