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第7回(2013/1/10)

LIFE 第1章

第7話

 こんな路地裏でどうどうとたむろしながらげらげらと笑いこけながら級友をはめる算段を進めている首謀者らしき女子高生、衛藤杏子。周りにいるのは衛藤の悪い仲間らしい男達が7,8人。
 それを陰から見つめている俺と笹原。
 本当なら今すぐにでも飛び出していってあの腹の立つ顔を殴り飛ばしてやりたいところだったが、衝動をぐっと抑え込む。
 つかさの顔が脳裏に浮かぶ。
 友達ができて嬉しい、晩御飯の約束をしてるんです、と心の底から嬉しそうに俺に語ったつかさの顔が。
 あんなまっすぐで素直な娘を騙そうとしている、と言うかもう騙している集団が、手を伸ばせば届きそうな、すぐそこにいるのだ。
 もう俺達の怒りは頂点に達しつつあったが……
 待て、冷静になれ。向こうは衛藤を含めて約10人。こっちはたった2人。圧倒的に不利すぎる。大体喧嘩とか戦争とかってのは武器に差が無ければ数の多い方が勝つんだ。俺達は分が悪すぎる。ここで考え無しに突っ込んでいくのは、それこそアホの所業だぜ。
 生憎と笹原もそこまで頭が回らない程アホ丸出しって訳でもないんだ。もちろん俺もそうだ。
 一旦ここは退いて対策を考えるのが上策だ。
 撤退すると言って、奴らを野放しにするつもりは毛頭無いけどな。負けを認めている事にもならない。
 あんな奴らを放っといたら、つかさはどんな目に遭わされるか知れたもんじゃない。
 高校で初めて作った同じクラスの友達にこんな形で裏切られて、自暴自棄にでもなったらどうするんだ。
 そんなのは決して見たくない。
 昨日から思ってた事じゃないか。あいつはずっと笑ってればいいんだ。あいつに悲しそうな表情は似合わない。俺はあいつの笑顔だけを見ていたい。きっと笹原も同じ事を考えるに違い無い。こいつだってまだ今日だけの付き合いかも知れないけど、つかさの事をある程度は見抜いている。あんな良い娘は中々いないって、こいつだって絶対わかってる。
 あいつの笑顔を守る為にはどうするか――
 一番わかりやすいのはやはり、衛藤を懲らしめる事か。
「笹原、今日は帰るぞ」
 小声で俺は笹原に声を掛ける。
「……さすがに10人もいっぺんに相手にするのはきついか?」
「きついきつくない以前の問題だ。どう考えても状況が悪すぎる。どうにかできる筈が無い」
「……そうだな。でも、このままほっとく気なんて無いよな?」
「当然だろ」
 きっぱりと言い切る。それを見て笹原はにっと普段からは想像できない程たくましい笑みを返し、二人で少しずつ後ずさる……
「おい、おまえら何をしている」
 後ろからかけられた声が重くのしかかり、俺達は身動きが取れなくなった。
 恐る恐る振り向くと、俺達より15cmばかりは身長の高い大男がそこにいた。
 感覚のみで理解する。こいつは連中の仲間だ。
 前には大群。後ろにはでかすぎる壁。
 今のうちなら走って逃げ切れるか……?
「誰!? そこにいるのは!?」
 はっとして衛藤の方を振り向く。
 見つかった。
 全身を感じた事の無い冷や汗が伝う。笹原も絶望を具現化した様な表情を浮かべている。逃亡犯が警官隊に包囲された様な顔だ。こいつのこんな顔はかつて見た事が無い。
「あら、誰かと思えば先輩方じゃありませんか? 高橋、そいつはお客人よ、まだ、手荒な真似はしちゃだめよ」
「……そうか」
 まだ、と来たか。つまりこいつは何があろうとここに俺達が居合わせた以上、俺達をそのまま見逃すつもりなどかけらも無いと言う事だろう。それは瞭然だ。
 だったら――
 俺は意を決して、一歩前に歩み出る。
「衛藤、おまえは俺達の事を知っているんだな」
「もちろん、先輩方は校内じゃ何かと有名ですから」
 腕組みをしながら不遜に答える衛藤。その完璧に他者を見下した態度は俺達の神経を逆撫でするばかりだ。女王様が騎士団を従えて騎士にもなれない雑兵、奴隷に対し説法している様な構図だ。そんないらん想像力が働かなかったとしても、この状況は何とも腹立たしい。今すぐにでもこいつの顔面を殴り飛ばしたい衝動が再燃する。

更新日:2013-01-13 22:59:19

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