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第1回(2012/12/20)

LIFE 第1章

第1話

 窓際最後尾、が俺の席だった。どっかのアホが隣だった様な気がするが、気にしないでおこう。
 と思った矢先に、
「おはよ、直井」
 威勢良く入ってきて俺の隣の席に腰を落ち着けたのはアホ、通称笹原大紀だ。
「おまえにしては爽やかだな……何だか腹が立つくらい。……まあいい、おまえの席、実はそこじゃないからな」
「うそっ、マジで? 黒板の貼り紙にある通りに座ったのに!」
「ああ、本当は裕香の隣だ。ほら、あそこ」
 見事に正反対の位置、廊下側最前列にいる裕香……の隣の空席を顎でしゃくって俺は示してやる。
「あの貼り紙、実は貼られた後で変更になったんだ。おまえが間違ってる事を本当のこの席の主に知られる前で良かったな。ほら、今からあっち移って、ついでに裕香に新学期の挨拶でもしてこい」
「うん、そうだね。サンキュー」
 鞄を持ってどういう訳か意気揚々と廊下側へ向かう笹原。
 ふう、あいつがアホなおかげでしばらくは俺の平穏を取り戻す事ができた。もしこれで笹原が隣だとして、考えてもみろ。
 毎日授業が終わる度に、
「やほー、直井、放課後だし、これから街に出て可愛い娘ナンパしない?」
 とかアホがアホな事言い出すに決まってるんだ。
 もし裕香が隣だった時は? 授業中寝てたら先公にバレない様静かなやり方で寝落ちの度にたたき起こされるに違い無い。
 つまりあの2人のどちらが隣席でも俺の平穏は奪われる訳だが……これで万事解決だ、ふう。
 視界の隅で笹原が蹴り飛ばされ、なんと廊下側最前列から窓際最後尾、つまり俺の席まで吹っ飛んできた。
「おわっ!」
 サッカーでたとえ話をしよう。味方からパスが来ました。ゴールは目前。さてどうする?
 コンボをつなげる。
 俺は笹原をベランダに蹴り出した。開いていた窓から笹原が飛び出し、さて落ちるか? と、寸での所で留まった。
「ちっ」「ちっ」
 俺と裕香の二つの舌打ちが重なる。
 そのまま階下へ……くそっ、下は植え込みになっていやがる。これじゃあ余程打ちどころが悪くない限り死にはしないか。
 そうしているうちに、笹原がベランダから這い出して来た。
「おい笹原、何で生きてるんだ?」
「そんな愛の無い言葉より先に言う事あるだろ!?」
 なんかキレられてるが知らんぷりを決め込む事にする。
「おまえ俺に嘘吐きやがりましたよね!? おかげでえらい目に遭ったんですけど!」
「ちょっと裕香がじゃれて蹴っ飛ばしただけだろ。小学生の時からよくある事だ」
「それで僕は危うく死にかけたよ! ベランダから下に落ちてたらどうするつもりだったんだ!」
「祝儀でも出すさ」
「反省の色が全く見えない!」
「朋也! おまえのせいであたしはこのアホの10メートル範囲内に入ってしまっただろ!」
 どうやら我が妹の怒りの矛先も俺に向けられているらしい。なんとまあ、不条理な事か。
「裕香、それを言うなら、アホがこの教室に入った瞬間に、もうお前はその範囲内に入ってしまっている」
「なにぃっ!? この、アホが! よくもあたしを10メートル範囲内に入れてくれたな!」
 我が妹も劣らずアホだ。
 だがこの場合はそのアホさにむしろ感謝さえしてやろう。
 この2人がアホで良かったよ。
 退屈しないなぁ。
「……さっきからあんた方がアホアホ言いまくるから、僕の豆腐メンタルはもうズタズタだよ……」
 アホが半べそで何か言っているがシカトシカト、無視無視。
「裕香、そろそろ朝のHRの時間だろう。席に戻れよ」
「ヤだ! このアホを学校外に押し出すまで、このあたしの気分が晴れるものか!」
 ずいぶん一気に範囲拡大したな。
「だってさ、どうするアホ」
「もう呼び方何でもいいっす……」
 半べそからガチ泣きに近づいていやがる。うへ、この野郎、いやこのアホ、気色悪い。
 俺も範囲内に入りたくなくなってきたぞ。
「100円あげるからおまえいっぺん死ねよ」
「僕の命安すぎませんか!?」

更新日:2012-12-23 23:00:06

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