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第9章 〈1〉
鮮やかに空を映し出し、ところどころにミルクを流しいれたような不思議な輝きの変化を見せる西の海には、大小さまざまな無数の島が、人の手を知らないまま静かに浮かんでいる。
それらの斜面はすべて、萌え始めた新緑におおわれ、キラキラと輝く陽の光の中で、若葉は穏やかに揺れている。
ユーリとの幸せな新婚生活のおかげですっかり寝坊が癖になってしまったあたしは、しばらく朝の景色のすばらしさ、というものを忘れてしまっていた。
今日はめずらしくユーリと同じ時間に目が覚め、久しぶりに朝のお出かけを楽しもうと思ったのだが、あたしのちょっとした「欲」のせいで、現在、その計画が実行できずにいるところだ。
景色を楽しむには、心の余裕というものが必要なのだと言うことを、今更ながら実感している。
――サラ、目を開けて、もっと力抜いて
今まで何も言わず、ただ心配そうな目でみつめていた彼が、あたしの頭の中に囁きかける。
――むっ……無理っ……
返事が彼に届いたかどうかもわからなかったが、彼の表情を確かめる余裕など、あたしのどこにもなかった。
強張った体はあたしの意識のもとでそうなったわけではない。力を抜こうにもその方法が分からないのだ。
――だめだ、サラ、そんなに締めたら……あっ……!
「えっ、やっ、ちょっとまっ……だめっ……!」
ギュッとつむった目を、無理やりこじ開けた視界の端に、額に手を当てて口をあんぐり開けるユーリが見える。
「いっ……いやぁぁぁっっっ!!」
あたしの拒否の叫び声が受け入れられるはずもなく、あたしの視界が回転し始める。慌てて目の前にあるものを手当たり次第に掴んではみたものの、それは全く意味をなさない行為だった。
ユーリの隣で、ユーリ以外の三人がゲラゲラとおなかを抱えて笑っている。
「ちょっと! あたしのニケを墜落させないでよ?」
遥か頭の下で発せられた、友人とは思えない非情な応援の言葉が、回転し始めた薄茶色の竜に必死にへばりつくあたしの耳に届いた。
――そんなこと言われても……!
「回転しないでぇっ! もう降ろしてーっ!」
こんなはずではなかった。あたしはただ、二人で朝の散歩を楽しみたかっただけなのだ。
珍しく竜舎で休んでいたリュークを二人で迎えに行き、たまたま、
「あたしも自分で竜に乗れるようになったら便利だなあ」などと呟いてしまったのを、アクルの世話に来ていたアッシュに聞かれてしまったのが事の発端だ。
半年前、帰ってこないユーリを探しに行くためにアクルを奪おうとしたあたしの前科を持ち出して、アッシュは「特訓しよう」と言いだした。
すぐに面白がりの残り二人も参加して、あれやこれやと言いはじめ、あたしは皆に海に連れ出され、ニケにつながれて今の状況に至っている。
どうやら、あたしが足で締め付けてしまったのは、横回転の合図の場所だったらしいのだ。
そういった、「いらない合図」は乗る前に聞いておきたかったのだが、「頭より体で覚えるもんだ」と言い含められ、あたし自身も、いつもユーリと一緒に乗っているのとさして変わりはしないだろうなどと安易な気持ちで始めてしまった。
そしてこのざまだ。
あたしの情けない叫び声をやっとニケは聞き入れて、落ちかけていたあたしを、お尻を振って元の位置に戻しながら、ユーリ達のいる小さな島に降り立った。
鮮やかに空を映し出し、ところどころにミルクを流しいれたような不思議な輝きの変化を見せる西の海には、大小さまざまな無数の島が、人の手を知らないまま静かに浮かんでいる。
それらの斜面はすべて、萌え始めた新緑におおわれ、キラキラと輝く陽の光の中で、若葉は穏やかに揺れている。
ユーリとの幸せな新婚生活のおかげですっかり寝坊が癖になってしまったあたしは、しばらく朝の景色のすばらしさ、というものを忘れてしまっていた。
今日はめずらしくユーリと同じ時間に目が覚め、久しぶりに朝のお出かけを楽しもうと思ったのだが、あたしのちょっとした「欲」のせいで、現在、その計画が実行できずにいるところだ。
景色を楽しむには、心の余裕というものが必要なのだと言うことを、今更ながら実感している。
――サラ、目を開けて、もっと力抜いて
今まで何も言わず、ただ心配そうな目でみつめていた彼が、あたしの頭の中に囁きかける。
――むっ……無理っ……
返事が彼に届いたかどうかもわからなかったが、彼の表情を確かめる余裕など、あたしのどこにもなかった。
強張った体はあたしの意識のもとでそうなったわけではない。力を抜こうにもその方法が分からないのだ。
――だめだ、サラ、そんなに締めたら……あっ……!
「えっ、やっ、ちょっとまっ……だめっ……!」
ギュッとつむった目を、無理やりこじ開けた視界の端に、額に手を当てて口をあんぐり開けるユーリが見える。
「いっ……いやぁぁぁっっっ!!」
あたしの拒否の叫び声が受け入れられるはずもなく、あたしの視界が回転し始める。慌てて目の前にあるものを手当たり次第に掴んではみたものの、それは全く意味をなさない行為だった。
ユーリの隣で、ユーリ以外の三人がゲラゲラとおなかを抱えて笑っている。
「ちょっと! あたしのニケを墜落させないでよ?」
遥か頭の下で発せられた、友人とは思えない非情な応援の言葉が、回転し始めた薄茶色の竜に必死にへばりつくあたしの耳に届いた。
――そんなこと言われても……!
「回転しないでぇっ! もう降ろしてーっ!」
こんなはずではなかった。あたしはただ、二人で朝の散歩を楽しみたかっただけなのだ。
珍しく竜舎で休んでいたリュークを二人で迎えに行き、たまたま、
「あたしも自分で竜に乗れるようになったら便利だなあ」などと呟いてしまったのを、アクルの世話に来ていたアッシュに聞かれてしまったのが事の発端だ。
半年前、帰ってこないユーリを探しに行くためにアクルを奪おうとしたあたしの前科を持ち出して、アッシュは「特訓しよう」と言いだした。
すぐに面白がりの残り二人も参加して、あれやこれやと言いはじめ、あたしは皆に海に連れ出され、ニケにつながれて今の状況に至っている。
どうやら、あたしが足で締め付けてしまったのは、横回転の合図の場所だったらしいのだ。
そういった、「いらない合図」は乗る前に聞いておきたかったのだが、「頭より体で覚えるもんだ」と言い含められ、あたし自身も、いつもユーリと一緒に乗っているのとさして変わりはしないだろうなどと安易な気持ちで始めてしまった。
そしてこのざまだ。
あたしの情けない叫び声をやっとニケは聞き入れて、落ちかけていたあたしを、お尻を振って元の位置に戻しながら、ユーリ達のいる小さな島に降り立った。
更新日:2013-08-27 11:55:04