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豆腐系男子3





決戦日の日曜日。




幸い雲一つない快晴だ。だけど私の心情は大荒れの台風。まるでやりが
降っている気分だ。最高にイラついたりしているわけじゃない。ただ最
高に大パニック。その理由はいたって単純。不覚にも寝坊したのだ。

 遠足を控えた小学生並みに楽しみすぎて、昨日はなかなか寝付けなか
った。ベンツに飛び乗り、運転手に「捕まるな」微笑み、車道を違反な
速度で飛ばしていく。せっかく深夜まで、悩みに悩んで、スタイリスト
を倒れさせるほどに酷使して選んだワンピースも少ししわくちゃになっ
てしまい、急いでセットした髪は、いつもと代わり映えがしなく、ヒー
ルのリボンもほどけっぱなしだった。のっけからテンションは落ちてい
く。ベンツを駅の手間路地で降り、駅に向かった。ベンツで彼を迎えに
行ってもいいのだが、私はあくまで庶民のデートがしたい。だいたい私
たちセレブの感覚でデートなんかしたアカツキには、メンタルが弱すぎ
る彼は、心臓発作でも起こしかねない。三十分の遅刻。帰ってていたら
どうしよう。私が待ち合わせ場所にいなかったことで、「私が妄想だと
思う」彼の妄想を深めたらどうしよう。 泣き出しそうになるのをこら
え、待ち合わせ場所の改札口にたどり着く。

 そこに彼はいた。私の姿を見つけると悲しんだような顔をする。どう
せ妄想の産物だと思っているんだろう。

「ごめんなさい遅れちゃって!」

頭を低く下げると、彼はオロオロとした様子でそれをなだめた。

「大丈夫です。今来た所です」

そんな優しい嘘を吐いて、彼は「また独り言を言ってしまった」としょ
げていた。大丈夫。

私は妄想じゃない。現実だから。独り言じゃないよ。

「じゃぁ…行こうか」

「ふぇっ」

彼の手を取り、改札口をくぐった。

これで彼と手を繋ぐというミッションはクリアだ。これぐらいは私から
やったって問題ない。   

彼は恥ずかしそうな顔をしている。そして、決して握り返してはくれな
い。

ホームでも電車でも、会話は私が一方的に話している。彼は曖昧に、端
から見て怪しまれ

ない程度の動きで相づちを繰り返すだけだった。

動物園につくまで。結局彼からは一言も発さず、手も微動だにしなかっ
た。

気のよさそうな係員さんにチケットを渡し、入園をする。「姉弟?二人
で来たの?」と聞

かれたのが胸をずん、と締め付け。彼が「…一人で来ました」と私の存
在をシャットアウトしたのはかなりの追い討ちだった。手を繋いだ私たちを見て首を傾げる

係員さんをごまかす



のに苦笑いの神経を使った。


入園した時。動物の匂いが鼻をついたが、少ししたらすっかり慣れた。



「何から見る?」



受付でもらったパンフレットを見せ、訪ねると彼は「どこでも」と小さ
な声で返した。



「お願い決めて」



エスコートされたい。そんな願望で目を潤ませて見ても、彼の潤みには
到底かなわなかった。

「…パンダ…がいいかな。でも…クマみたい…あっ、ふれあいコーナ
ー…猿山も…コアラ館はここから遠いし…キリンやゾウは…みたいけど…爬虫類館は…怖い…ううん…やっぱパ
ンダ?いや、猿山かな…」

パンフレットの上でゆっくりと指を踊らせ、彼は難しい顔をしていた。
そうだった。彼はとんでもなく優柔不断だった。この分だと動物を決めるので1日が終わ
ってしまう。


「パンダ館行きましょ」

結局私がエスコートをすることにした。彼の手を引き、次々に動物をウ
ォッチングしていく。彼は動物好きらしく、見る檻、見る檻。目を輝かせていた。

動物園にして良かった。前に遊園地でデートした時はひどかった。乗ろ
うとする乗り物、

乗り物。全てで彼が「こんな乗り物危ない。きっと途中ではぜる」と震えていて、その怖がり方が尋常じゃなかったので、他の客にも影響を及ぼし、「園内の乗り物は安全でない」と

瞬く間に広がり、係員に私たちはつまみだされた。

今でもその遊園地は出入り禁止だ。

苦い。それでも私にとっては大切な思い出にクスリと笑みがこぼれた。





更新日:2012-08-11 17:08:36

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