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魅惑の女神

「私バイトする」
岩沢の父親に会ってから一週間ほど経った。
なんとかいつもの雰囲気を取り戻せた彼女を見て、音無はホッと胸を撫で下ろした。
その矢先の、彼女の発言である。
あまりに突然のことだったので、音無は面喰らった。
「というか、もう場所は決めてるんだけどさ」
岩沢はすっと立ち上がり、ボストンバッグ並の大きなカバンの中を漁り始めた。
そして音無に差し出したのは、二枚の広告。
「えっと……『酒屋の藤巻、来週始めより開店予定!』と、『レストランMIYUK、来週開店予定!可愛いウェイトレスがあなたをお待ちしています』……」
ちらりと岩沢の方を見る。
真剣な目つきをしている…。が、音無には色々とツッコミを入れたい部分があった。
「もしかしてこの二カ所、知り合いの所か?」
「……酒屋は藤巻、レストランは入江」
なるほど、入江みゆきのMIYUKか。なぜMIYUKIじゃないのかが気になるが。
「可愛いウェイトレスって…ホントにやるのか?」
入江の店の広告に書いている部分に、音無は引っ掛かりを感じた。
つまり彼女は、可愛い服を着たウェイトレスになる気なのだ。
「あぁ、ガルデモメンバーにバイトのことについて軽く話してたんだが、ちょうど良かった」
岩沢は何の躊躇いもなく頷く。
音無は頭を掻いて、二枚の広告を岩沢に返した。
「まさみが働きたいなら俺は止めないし、どんな仕事であったとしても、俺はできる限り口出しはしないよ」
言うと、音無は味噌汁を啜った。
それを聞いた岩沢の表情が明るくなる。
「ありがとう結弦!
チラシに書いてる通り、来週には開店するから…来て欲しい」
日曜日に開くということを聞き、音無は頷いた。
彼は日曜は基本休みだった。
「しかし……岩沢が可愛いウェイトレスか」
呟きながら、想像する。
ピンク色を主体とした、フリルが付いている服……。
女の子女の子しているような服+岩沢…。
音無は首を振った。
「まさみは『可愛い』というより、『カッコカワイイ』からな」
どこぞのマンガのタイトルのようになったが、気にしない。
岩沢は頬を赤く染める。
「き、着てみないと…わからないだろ?」
ぼそぼそと呟く彼女に構わず、音無はご飯を口の中へ放り込んでいく。
可愛くなった岩沢がナンパされたり痴漢を受けたり、そういう嫌な想像しか頭の中には無かった。

更新日:2012-09-30 02:13:55

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