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肩でぜいぜいと息をするヴァティールの様子が何か変だ。
「しっかりしろヴァティール!!」
ヴァティールの小さな体を抱きしめると地の底を這うような恨みのこもった声が聞こえた。
「……違います兄様……そんな名前で僕を呼ばないで……」
その声音はどちらかというとヴァティールに似ていたが、俺を兄様と呼ぶのは弟だけだ。
「……リ……リオンなのかっ!!」
覗き込んだ瞳は今までの血の赤ではなかった。
今まで見慣れたリオンの、そして俺と同じほんの少し赤みがかった朱金の瞳。
「あは。やっとわかって下さった。嬉しい、兄様!!」
リオンはいつもそうだったように、俺にぎゅっと嬉しそうに抱きつく。
「ヴァティールがずっと邪魔してて、目が覚めても中々出られなくて僕……。
でも、解縛後の大魔術で魔力が枯渇している今なら出られるんじゃないかって思って試してみたんです。
……あいつの言うことなんて聞いてはいけません兄様。
あいつは魔獣。そして魔獣は王家の道具なのです。
本当は王家の神官魔道士である僕が支配する、ただの道具のはずだったのに、僕を支配した上あんなとんでもない嘘を。
それにアースラ様は厳しいところもおありだったようですが、邪悪どころか高潔で私欲の一切ない立派なお方です。
魔獣ごときがアースラ様を汚すような発言をし、敬愛する兄様にあんな無礼な口をきくなんて……」
そう言うリオンの瞳は今まで見たことがないほど憎しみの色に染まっていた。
「リ、リオン?」
戸惑いを含んで弟の顔を見ると、リオンは可愛らしく笑った。
「あ、でももう大丈夫です。心配なさらないでくださいね。今度こそ魔獣をしっかりと魔縛しました。
仮の継承しか出来ていないとはいえ僕だって偉大なるアースラ様の教えを受け継いだ神官魔導士。もう二度と魔獣ごときに兄様に無礼な口をきかせません。
魔獣の捕縛にはたくさんの血がいるんです。
血の魔法呪で縛るから。
でもほら、こんなにいっぱい!
だから何の心配も要らないんです!!」
リオンは血で濡れた手のひらを宙に掲げた。
それはそれは嬉しそうに。
雨に濡れて一度落ちたはずの血がまた手についている。
きっとあの殺された青年兵のものだろう。
「魔獣を制した以上、もう僕は一人前の神官魔導師です。
正式継承を受ける20才の時点の力よりは劣るでしょうが兄様一人を守るぐらいの力は十分あります。
これからは僕が兄様のお役に立ちます。何でもお申し付けくださいね」
リオンは可愛らしく微笑んだ。
それはぞっとするような光景だった。
天使のような弟が血にまみれて笑ってる。
その姿は魔獣であったときのリオンよりも更に、狂気をはらんでいるように見えた。
俺はしばし言葉を失った。
しかし、俺の様子にハッとしたらしいリオンは慌てて血塗られた両手を隠した。
「もう一度言いますけどヴァティールが言ったのは嘘ですから。確かに祭壇に動物の生き血を捧げたり、聖布に撒いたりはしましたが、あれは確かに動物でした。
代々のクロス神官はアースラ様の命により狼を供物に使っていました。
狼であれば国民に危害を加える害獣で元々駆除対象です。アースラ様らしい合理的で慈悲深い素晴らしいやり方だと思います。
ヴァティールは血を好む魔獣ですので魔力を枯渇させないためにも週に一度は生き血を捧げないといけないのです。
そうしないと魔力が足りなくなって、結界を維持できないから……」
「そ、そうか、動物……だった……んだよ……な。そうだよな、いくらなんでも……」
いくらなんでも。……本当にそうなのだろうか。
俺の心に暗雲がたちこめた。
普段目隠しをさせられていたリオンは祭壇に捧げられていたのが何だったのか本当は見てないのではないだろうか。
でも人から隔離されて育てられたリオンは易々と嘘をつけるほど器用ではない。
信じたい。リオンを。
「……会いたかった、ずっとずっと会いたかったんです、兄様!!
ヴァティールの中で僕は僕を心配してくださる兄様の声を聞きました!!」
リオンはそういうとまた俺に抱きつき、胸に頬を擦り付けた。
とても幼い、無邪気な仕草で。
でもその華奢な体からは濃い血臭が漂っていた。
「しっかりしろヴァティール!!」
ヴァティールの小さな体を抱きしめると地の底を這うような恨みのこもった声が聞こえた。
「……違います兄様……そんな名前で僕を呼ばないで……」
その声音はどちらかというとヴァティールに似ていたが、俺を兄様と呼ぶのは弟だけだ。
「……リ……リオンなのかっ!!」
覗き込んだ瞳は今までの血の赤ではなかった。
今まで見慣れたリオンの、そして俺と同じほんの少し赤みがかった朱金の瞳。
「あは。やっとわかって下さった。嬉しい、兄様!!」
リオンはいつもそうだったように、俺にぎゅっと嬉しそうに抱きつく。
「ヴァティールがずっと邪魔してて、目が覚めても中々出られなくて僕……。
でも、解縛後の大魔術で魔力が枯渇している今なら出られるんじゃないかって思って試してみたんです。
……あいつの言うことなんて聞いてはいけません兄様。
あいつは魔獣。そして魔獣は王家の道具なのです。
本当は王家の神官魔道士である僕が支配する、ただの道具のはずだったのに、僕を支配した上あんなとんでもない嘘を。
それにアースラ様は厳しいところもおありだったようですが、邪悪どころか高潔で私欲の一切ない立派なお方です。
魔獣ごときがアースラ様を汚すような発言をし、敬愛する兄様にあんな無礼な口をきくなんて……」
そう言うリオンの瞳は今まで見たことがないほど憎しみの色に染まっていた。
「リ、リオン?」
戸惑いを含んで弟の顔を見ると、リオンは可愛らしく笑った。
「あ、でももう大丈夫です。心配なさらないでくださいね。今度こそ魔獣をしっかりと魔縛しました。
仮の継承しか出来ていないとはいえ僕だって偉大なるアースラ様の教えを受け継いだ神官魔導士。もう二度と魔獣ごときに兄様に無礼な口をきかせません。
魔獣の捕縛にはたくさんの血がいるんです。
血の魔法呪で縛るから。
でもほら、こんなにいっぱい!
だから何の心配も要らないんです!!」
リオンは血で濡れた手のひらを宙に掲げた。
それはそれは嬉しそうに。
雨に濡れて一度落ちたはずの血がまた手についている。
きっとあの殺された青年兵のものだろう。
「魔獣を制した以上、もう僕は一人前の神官魔導師です。
正式継承を受ける20才の時点の力よりは劣るでしょうが兄様一人を守るぐらいの力は十分あります。
これからは僕が兄様のお役に立ちます。何でもお申し付けくださいね」
リオンは可愛らしく微笑んだ。
それはぞっとするような光景だった。
天使のような弟が血にまみれて笑ってる。
その姿は魔獣であったときのリオンよりも更に、狂気をはらんでいるように見えた。
俺はしばし言葉を失った。
しかし、俺の様子にハッとしたらしいリオンは慌てて血塗られた両手を隠した。
「もう一度言いますけどヴァティールが言ったのは嘘ですから。確かに祭壇に動物の生き血を捧げたり、聖布に撒いたりはしましたが、あれは確かに動物でした。
代々のクロス神官はアースラ様の命により狼を供物に使っていました。
狼であれば国民に危害を加える害獣で元々駆除対象です。アースラ様らしい合理的で慈悲深い素晴らしいやり方だと思います。
ヴァティールは血を好む魔獣ですので魔力を枯渇させないためにも週に一度は生き血を捧げないといけないのです。
そうしないと魔力が足りなくなって、結界を維持できないから……」
「そ、そうか、動物……だった……んだよ……な。そうだよな、いくらなんでも……」
いくらなんでも。……本当にそうなのだろうか。
俺の心に暗雲がたちこめた。
普段目隠しをさせられていたリオンは祭壇に捧げられていたのが何だったのか本当は見てないのではないだろうか。
でも人から隔離されて育てられたリオンは易々と嘘をつけるほど器用ではない。
信じたい。リオンを。
「……会いたかった、ずっとずっと会いたかったんです、兄様!!
ヴァティールの中で僕は僕を心配してくださる兄様の声を聞きました!!」
リオンはそういうとまた俺に抱きつき、胸に頬を擦り付けた。
とても幼い、無邪気な仕草で。
でもその華奢な体からは濃い血臭が漂っていた。
更新日:2013-09-30 16:07:18